第3話 正しさは静かに首を絞める

昼休みの校内放送は、いつもより少しだけ声が硬かった。


『――生徒指導部より連絡です。

一部生徒に関する聞き取り調査を、本日放課後に行います。

対象の生徒は、担任の指示に従ってください』


名前は出ない。

出ないが、空気は正確だ。


視線が、俺に集まる。


――ほらな。


「……来たな」

レンが、弁当の唐揚げを箸で転がしながら言った。


「来たな」

俺も同じ調子で返す。


騒がしくもならない。

誰も声を荒げない。

ただ、**“正しい流れ”**が始まっただけだ。


「なんかした?」

「してない」

「だよな」


レンはそれ以上聞かない。

聞かないけど、隣にいる。


それだけで、助かる。


五時間目が終わり、担任が俺を呼んだ。


「卍万次郎。ちょっと来てくれ」


口調は穏やか。

敵意はない。

でも、そこに“選択肢”はない。


生徒指導室の前には、すでに人が揃っていた。


・生活指導の教師

・風紀委員長

・副委員長

・なぜか生徒会書記


……豪華だな。


「座って」


椅子に座る。

視線が一斉に集まる。


「最近、校内外で不安を感じている生徒がいる」

生活指導が切り出す。

「君に関する噂だ」


噂。

便利な言葉だ。


「町内での騒動、知ってるよね?」

「まあ」


風紀委員長が続ける。


「卍寺の息子である君が、関与しているのではないかと」


関与、ね。


「学校としてはね」

副委員長が言葉を整える。

「安全を第一に考えたいの」


安全。

みんな大好きだ。


「だから、いくつか確認させてほしい」


――ここからだ。


質問は全部、正しい。


・あの場にいたか

・怪我人はいなかったか

・危険な行為はしていないか

・今後、同様の事態が起きる可能性はないか


俺は全部、曖昧に答える。


嘘はつかない。

でも、真実も言わない。


「……君の態度は、少し不誠実じゃないか?」


生徒会書記が眉をひそめる。


「不誠実?」

俺は首を傾げた。

「聞かれたことには答えてますけど」


「でも、説明責任があるでしょう」


説明責任。


――それも、正しい。


「生徒に不安を与えているのは事実だ」

「君が“特別視”されているのも事実だ」


風紀委員長が続ける。


「だから、当面の間、放課後の単独行動を控えてほしい」

「委員会としては、監督下での行動を推奨する」


推奨。

命令じゃない。

拒否もできる。


……建前上は。


「これは処罰じゃない」

生活指導が慌てて付け加える。

「あくまで予防措置だ」


予防。

これも、正しい。


俺は黙って頷いた。


反論しない。

抵抗しない。


その瞬間、空気が少し緩む。


――よかった、分かってくれた。


そういう顔。


それが、一番きつい。


「ありがとう」

副委員長が微笑む。

「理解してくれて」


理解、ね。


生徒指導室を出ると、廊下は静かだった。


レンが、壁にもたれて待っていた。


「終わった?」

「一応な」


「どうだった」

「正しかった」


レンは苦笑する。


「最悪じゃん」

「最悪だな」


歩き出す。

並んで。


「なあ」

レンが言う。

「お前、嫌じゃねぇの?」


「嫌だよ」

即答する。

「めちゃくちゃ」


「じゃあ、なんで言わねぇ」


俺は、少し考えてから答えた。


「正しいから」


レンは何も言わなかった。

しばらく歩いてから、ぽつり。


「……正論ってさ」

「ん」

「人を守るフリして、首絞めるよな」


「刃物みたいなもんだ」

俺は言う。

「振り翳した瞬間に、切れる」


「しかも、持ってる本人は気づかない」


「血、ついてないからな」


校舎の窓から、夕方の光が差し込む。


誰も悪くない。

誰も間違ってない。


それでも。


胸の奥で、何かが少しだけ軋んだ。


信仰は、もう芽を出している。

「正しさ」という名の神を、学校はちゃんと祀っている。


俺はそれを、感じ取っている。


吸い込める。

まだ、吸い込める。


「……まあ」

俺は肩をすくめた。

「しばらく大人しくしてるさ」


レンが横で笑う。


「それが一番怖ぇんだけどな」


それでも、レンは隣を歩く。


正しさは今日も正しい顔をして、

静かに、人の首に手をかける。


俺はそれを知りながら、

今日も何も言わない。


人柱は、

正しさに殺される前に、

正しさを飲み込む。


それだけだ。

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