芽吹かない花

 目覚まし時計が何十回と鳴り響き、子供達の騒ぐ声で目を覚ます。

(なんで起こしてくれないの)

なんて言葉を言えるはずもなく、「おはよう」と恐る恐る居間にいる母に声をかける。

母は、一度振り返り、テレビに視線を戻す。

机には飲みかけの缶ビールと吸い殻が溢れかえっている。

僕の変わらない幼少時代の朝の風景だった。

元は厳しい人だった。僕が運動で1番になれなかった時、夜遅くまで毎日練習させられた。算数が分からなかった時、風呂場で答えが分かるまで上がらせてはもらえなかった、間違えてしまったら頭を掴んで湯船に沈められていた。

しかしいつからだろうか、何も言わなくなった。

いや、嘘をついた。いつからかは僕が一番分かっていた。

父が母と僕を捨てた時からだ。

父は、酒に溺れ、手を出す人だった。それでも何故だかその当時の僕は父を慕っていたのだ。

手についた火傷もあの人が煙草を押し付けようとした跡だ。整った顔に言いよる女性は少なくなかった。

母は目立った顔でもなく、特別綺麗なわけでもなかった。性格も真逆に見えた。そんな二人が何故、交際し結婚したのか大人になった今でも分からないままだ。

ある日、大声で怒鳴り合い、物がどこかに当たり壊れる音が寝室まで響いた。その日も僕は布団を頭まで被って眠りについた。

次の日から父は帰ってこなくなった。

「なんで帰ってこないの」「どうしたの」幼く、無神経に聞いてくる僕を母は許しはしなかったのだろう。

「お前が悪い」その一言だけ飛んできた。

なんで?そう思ったけれど言葉が出なかった。

僕が勉強できないから?運動で1番になれないから?そう思うと無性に悲しくなった。

その後も「お前が生まれてこなかったら」そう何度も言われ続けた。

母は壊れた。いや、きっともうとっくに壊れていたのかもしれない。

僕は全てに目を塞いで、何も分からないふりを続けていたのかもしれない。

僕も少しずつ壊れた。

夢を見るようになった。毎日同じ夢を。

「なんで生まれてきたの?」

無邪気に笑いながら無数の声が僕を囲む。

なんでだろうね。僕が返すと声は消える。

次第に何もかもどうでも良くなり始めた。

次第に夢を見なくなった。怖い夢も、楽しい夢も。

夢を見れなくなった。この先の僕という可能性に満ちているはずの夢を、見れなくなっていた。

僕は齢8歳にして知る。子供は大人達の愛を繋ぐだけの道具なのだと。

そして思い知る。そうではない家庭もあるということを。その残酷さを。

僕の目は濁ったガラス玉になった。

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この世界で一番美しい朝日はきっと 羊雲 @_asano_

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