第4話

 悪魔ことバル子は、俺のことを差し置いて鼻歌混じりに魔法陣を描いている。

 見たところ何か全くわからない、紫色の謎の粉を悪趣味な部屋いっぱいに広げている。

 俺を中心に粉を引いているのは分かるが、まるで生贄にされてる気分がしてならない。


「バル子、俺気になってたんだけどさ」


「なんだ?」


「さっき契約しようとした時、魔法陣作らなかったじゃん?なんで今になって改めて作ってるの?」


「ま、それでもいいんだが。状況が変わった。互いに名前を認識したろ?『知る』っていうことは、『知らない』よりも深く契約に結び付く。オレがわざわざ『バル子』という名を創造し、貴様に認識させたということは、それだけ互いに縁が出来たってことだ」


「それだけで、魔法陣が必要になるのか?」


「だいぶ変わるぞ。魔法陣は言うなれば調整器だ。名前、身体構造、構成物質、その他もろもろ。これらを質量に置き換え、魔法陣が天秤の役割を担い、釣り合わせる。そうすると、無駄なく契約を行えるんだ。主なら分かるだろ?武術とかも下手に力が入っていると、本領発揮することが出来ない。理屈というには雑な説明だが、納得したろ」


「釣り合いを取らないと……どうなるんだ?」


「壁のシミになる」


「嘘だろ!?」


「流石にそれは儂も勘弁だ。だから互いを認識すると出力調整と、形式が大切になる。名乗り合うということもひとつの術式構築の一環になるからな。真に事象を確定させるには、それ相応の行為と時間が必要ってことだ。……ヨシ、これで完成」


 最後の一入ひとしおと言わんばかりに、粉をまぶすと、バル子は満足気に額を拭い、俺の方に歩み寄った。

 魔法陣の中心に男女(バル子に性別はあるのだろうか)2人。

 そりゃ、何か起こるとしか思えない。


「さて、契約の時間だ。最後に改めて内容を伝えるぞ」


「あぁ」


「契約は至って簡単シンプル。俺は主を契約者にし、露希に介入する。主は力を得る。問題は?」


「無いけどさぁ……悪魔との契約だろ?。副作用とかってあったりするのか?」

 

「ここは悪魔らしく答えようか。『死んでからのお楽しみ』なんてどうだ?」


「ははっ、笑えねー……」


 俺は俺の目的の為に。

 バル子はバル子の目的の為に。

 利害が一致した俺たちは、互いを魔法陣てんびんに乗せた。


「アルト、目を閉じて集中しろ」


「あぁ、分かった」


 俺はバル子に言われた通り目を瞑る。

 その瞬間、明らかに空気の変化を感じた。

 無論、霊感は持ち合わせていない。

 しかし、そんな俺でも、未知の力が作用していることは分かった。

 

 ――今から行われることは『悪魔との契約』。


 この行為に違わない魔性が、俺を包み込んでいた。


「では……詠唱うたおうか」


 

 *


 

 ――此処にるは、相対する肉体と絶対する魂魄。

 肉に記録を、魂には記憶を刻印せし。

 

 導きの先は深層の真層。

 またの名を、始期さだめ終期さだめに吊られた運命さだめ交差点ラグランジュポイント

 この混沌カオスに揺蕩いし我らは、溶けだし、伸ばされ、固まり、1の事象に至らんとす。

 

 三度屈折まがり、三度逆捩まがり、三度回帰まがれよ。

 求めし権能ちから、創壊の果て体系かたちを成さん。

 

 ――今ここに約定を。


 【契約式Protocol魔人変生デビルアルター


 

 *


 

 今、俺は『バル子』という存在そのものを感じていた。

 それは、身体だけでなく心も。

 否応なしに彼女の痕跡が濁流の様に流れ込んでくるのだ。

 

 ――初めは肉体だった。

 柔らかく、滑らかな身体はまるでシルクの様であった。

 心に決めた人がいるというのに、こんなことを考えてしまうのは有り得ないことではある。

 けれど、それは耐え難いよろこびだった。

 そう、決して受け入れてはいけないよろこび

 受け入れたら最期、確実に破滅に繋がるだろう。

 悪魔という定義は、伊達じゃなかったのだ。

 人を堕落させ、支配する。

 奴らの本能を俺は理解した。


 ――次に記憶。

 ノイズまみれの解像度の悪い映像が、早送りで延々と俺の脳に流し込まれて来たのだ。

 処理が不可能な情報量に、俺は悲鳴をあげる。

 脳が焦げ付き、血液が沸騰する。

 果ては身体が爆発するんじゃないかと思う程の、苦痛の時間が続いた。

 それでも、情報の海を必死に泳ぎ続けた俺は、辛うじて情景を補足した。

 

 ――それは、嵐の中にポツリと佇む館であった。

 そこには羽を持つ生物が1匹。


 契約を結んだ故か、俺はこれがバル子の本質だと理解った。

 映像の関連性は全くもって見えない。

 推理する気力も、今は持ち合わせていない。

 ただ、であることを俺は知覚した。

 否、させられたのだろう。

 そして、その知覚を最後に俺の意識はブツリと途切れた。

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