第2話

 あれ、俺どうしたんだっけ。

 なんか身体がふわふわする。

 特に頭の部分だ。

 なんか、柔らかい。

 妙にこう、生々しいというか、艶かしいというか。


「――いい加減起きろ。オレは疲れたぞ」


 疲れた?何が?

 でも、確かに起きなければならない。

 この声には何故か従わなけらばならない。

 そんな気がする。

 俺は促されるままに目を開いた。


「やっと目覚めたか。オマエは寝坊助だな」


 視線の先には、金色の海の中に深紅の輝きが2つある。

 口元はニタリと歪み、獣の様な鋭い歯が顔をみせていた。

 どこかで似たようなシチュエーションがあったような……。

 いや、それよりも誰だ。

 ここは何処だ。

 頭の感触は?


「せっかちなヤツめ。儂は【█▛▟▙█▛▟】。ここは『儂の世界へや』。頭の感触は儂の『太もも』だ」


 何を言ってるんだ。

 俺を見て笑いが止まらないのか、聞き馴染みの無いノイジーな名前の持ち主は、キシキシと歯を擦らせ笑う。

 ただ唯一理解出来たことがある。

 俺が心地よいと感じた感触は、このの太ももだって言うことだ!!


「うわぁっ!!俺の初めての膝枕がぁ!!」


「主、気にするとこソコ?膝枕なんて減るもんじゃなかろうに」


 易々と享受してはいけない感触を前に、俺は飛び起きた。

 そこでようやく俺は、目の前の人物の全貌を目にした。


 10歳かそこらの幼い体型。

 金色の癖がかった髪。

 2次元から飛び出してきた様な美しい顔立ち。

 これは好きな人が見れば、歓喜し涙を流すだろうとさえ感じる程に整っている。

 服装は紫を基調とした、所謂ゴスロリってやつだ。

 趣味かは分からないが、何故かを強調している。

 これまた2次元的なデザインだった。


「随分と失礼な奴だな」


「エッ!?もしかして……聞こえてた!?」


「視線で分かるわ。ま、『整った顔立ち』というのは褒めて遣わそう!それにしても……。なかなか肝が据わっているな。この状況、そしてこの儂を前に、欲をぶつけようとは」


「ち、違います!!冷静に分析をしようとですね……」


「誤魔化さなくてもよいよい。で、何から伝えようか」


「誤魔化してないです!事実です!!」


 俺の言葉を無視して、彼女は小首を傾げ考えている。

 そもそも、『儂の世界』だなんだ言ってたがこれは夢なのか?

 第一この部屋には、髑髏やら十字架やらの厨二病全開の物が置かれている。

 そりゃ俺にも憧れる時期はあったが、どうにも趣味が悪い。

 ていうか、俺は何をしていたんだっけ……。


「あーそうだ。コレにしよう。主をトラックで轢いたの……儂だよ」


 トラック……。

 その言葉を聞いた時、俺の脳内は高速で体験という引き出しの中から、を見つけ出した。

 趣味の悪いトラックに、宙高く舞う俺。

 そして、イサナの泣き顔。

 フラッシュバックする怒涛の情報量に、俺は酷い立ちくらみに襲われる。

 ふらつく脚をどうにか踏ん張らせ、俺は彼女……。

 否、彼女ナニカを睨み付けた。


「オマエ!!オマエがぁぁぁ!!」


 俺は体裁など気にせず、襟元を掴み掛った。

 まとまらない呼吸に、荒く息を立てながら、俺は彼女を力の限り壁に押し付けた。


「ハッハッハッ!元気がいいなぁ。だが、相手をするには無理があるんじゃないか?なんせ、儂はだ」


 睨み付けた深紅の瞳が、彼女の意志に合わせ発光する。

 すると俺の身体は、地に縛り付けられた様に、大の字に拘束された。


「がぁッ!?……な、なんだこれェ……!」


 必死に身体を押し上げようとするも、とてつもない力で抑えつけられる。

 声を出すことすら、全力で挑まなければままならなかった。

 それに、悪魔だって……?

 死んだ俺の魂でも奪いに来たのか?


「まぁ聞け。一から話してやる。まず、主は死んでない」


「ッ!?」


 俺が死んでないだと?

 じゃあ、あの痛みも衝撃も全部嘘だってことなのか?


「嘘とは違うぞ。擬似的な死を体験させることで、主を儂の元におくった。ただ、肉体と魂は切り離していない。分かりやすく言うと『転移』だ」


 先程から、俺は言葉を口にしていない。

 だが当然の様に、思考は全て、目の前の『悪魔』に読み取られている。

 悪魔なら出来て当然だと思うが、なんとも心地悪い。

 そして、悪魔は『転移』と言った。

 今更ながら俺は、とんでもない事に巻き込まれたらしい。

 

「ここは一種の異空間とでも思ってくれ」


 つまり今の俺は謎の異空間に、謎のワープ技術で連れてこられたって訳だ。


「転移は『本能的な死』と『何処かに逝く』って認識させるのが、なかなか難しくてなぁ。コツがいるんだが……最近の主ら、特に日本人は簡単。異世界転生だったか?トラックを用いれば、潜在的に根付いた『死』。そして『転移』の感覚を引きずり出すことが出来る。ちなみにトラックのデザインは儂の趣味!」


 悪魔は「良いセンスだろ?」と言わんばかりに、俺を見て笑っている。

 こっちにはそんな余裕が無いことが分かっているだろうに。

 苛立つ気持ちを抑えながら、俺は冷静に考える。

 これが夢じゃないとすると、疑問は増える一方だ。

 何故、そんなことをする必要があるのか。


「必要はある。主もすぐ分かるよ」


 悪魔がパチンと指を鳴らすと、俺の身体は嘘みたいに軽くなった。

 先程まで、縛り付けられていた感覚と重さは無くなり、自由に四肢を動かせる。


「ハァ……。やっと呼吸が上手くできる」


「冷静になったようで何より何より。じゃあ、疑問に解をだそう」


 悪魔はそう言って、俺の頭を掴んだ。

 見た目とは裏腹に、その力には絶対的に抗えないと本能が訴えかけている。

 悪魔の眼前にまで顔を近づけさせられた俺は、深紅の瞳から放たれる例の発光を、なすがままに浴びてしまう。

 俺は咄嗟に目を瞑ろうとするも、身体は嘘みたいに言うことを聞かなかった。


「安心しろ。痛いことはしない。視覚の共有は初めてか?」


 バチリと、脳に電撃が走る様な感覚が流れる。

 すると、俺の視界は一瞬のノイズが走った後、ある光景を映し出した。


「ここは……!?」


 それは確かに日本だった。

 見知った街が広がっていた。

 だが、ひとつ。

 たった一つの違和感が俺の胸を仕方が無かった。


「儂は『千里眼』の所持者でね。見えるか?今の地球の、日本の……。引いては主が住む『露希あらわき市』の惨状がこれだよ」


 そのたった一つの違和感は明白だった。

 おそらくそれは、世界の光景を表す表現として、凡そ使われない単語を使う必要がある。


 ――

 

 そう、無菌室の如く真っ白で巨大な四角い箱に、露希市は覆われているのだ。

 まるでゲームみたいに、先を阻む壁が物理的に存在している。

 この明白な違和感は、潜在的かつ本能的な異質さを刺激した。

 俺の脳は、それを嫌悪感として出力し、横隔膜を重く揺さぶった。


「ウォエ…オッ、エッ、オゲェェェェ……!!」


 俺は情けなくも無慈悲に、胃の内容物を吐き出した。

 グロテスクとは違う。恐怖とも違う。

 

 ――それは『見慣れた世界が別の何かに塗り変わった』という認識。


 目の前の光景は、の認識の改変に過ぎない。

 だが、この耐え難い違和感を前に、吐く以外の選択肢は、少なくとも今の人類には取れないだろう。


「おーおー、よく吐いてんなぁ。だが、安心しろ。その感覚はすこぶる正しい。じゃあ、パスを切るぞ」


 ぶつりと1度ノイズが走り、俺の視界は彼女の顔に映り変わる。

 目の前の女は悪魔なのに、先程の光景に比べたら、天と地程の美しさがあった。

 今じゃ背中を優しく摩る手を、拒絶する気にもなれない。

 それ程に、あの光景は俺にとって度し難いモノだった。


「な、なに……?」


「『今の光景に違和感を持った』。だから吐いた。それは主が正常であり、『世界5分後魔術改変定説』に飲み込まれてない証拠だよ」


「は……?何の何の何だって?」


「【世界5分後魔術改変定説】。おそらく街に絞った小規模なテスト段階ではあるが。たった今、千里眼を通じて見せたのは……。――主が此処に来た後の露希が歩んだ5だ」


 言葉の意味が俺には理解わかなかった。

 いや、単語も、何が起きたかも分かる。

 『世界』『5分後』『魔術』『改変』。

 要するに、この単語を繋ぎ合わせた結果の事象が、今露希で起こっているということだ。

 だが、原理も背景も何もかもが理解らない。

 俺は未だ混乱する頭を抱え、怪しく美しい深紅の瞳を見上げることしか出来なかった。

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