第1章 世界5分後魔術改変定説

第1話

 暖かい日差し。

 雲ひとつ無い青空。

 それに似つかわしくない、竹刀の打撃音。

 俺の頭部は、たった今容赦無く叩き割られた。

 

 ――いや、少し語弊がある。

 実際は叩き割られてない。痛みに死を錯覚しただけだった。

 

「ぐぁぁぁぁ!!負けたぁぁぁぁ!!」


「これで500勝499敗……長く苦しい戦いだった。されど、私が先に到達した。ここに敗れたり」


 西日を覆い隠す漆黒の長髪が俺を見下ろす。

 黒い海の中、一際輝く碧眼が俺の視線と交差した。


「……見下ろすなよ」


 俺は謎の気恥しさに目を逸らした。


「勝者が敗者を見下ろして何が悪いの?ねぇ、その顔見せて?ねぇーねぇーハムトー」


「や、やめろー!俺をこれ以上辱めるなぁー!!あと、ハムトって言うな!!」


 ハムト、もとい俺こと『おおやけアルト』は、今この瞬間を大いに絶望していた。

 もし神様がいるのならば、『どうかこの試合の記憶を消してください』と願うだろう。


「武芸百般、力戦奮闘……。実戦の無い時代いま玄明流げんめいりゅうを共に歩めたことに感謝。感激。雨霰」


「仏頂面で煽んな!そしてピースすんな!!」


 玄明流という何でも殺法の古武術に勤み、早6年。

 そして今回が運命の500戦目。

 だからこそ俺はどうしてこの女、『八切やぎりイサナ』に勝たなくちゃいけなかった。

 何故かって?


「小さい頃から戦い続け、あれよあれよと500戦。ところで、約束覚えてる?」


「ハハハ……何のことっすかねぇ?イサナさぁん」


「ハムト、貴方の口から出た言葉。決して忘れたとは言わせない」


 イサナの鋭い視線が俺に突き刺さる。

 『冗談ですやん』で誤魔化せないことは知っていた。


「『俺が先に500勝したら告白する』……」


「ウン。で、貴方は今どうなんだっけ」


「マ……シタ…」


「え。なに。イサナ聞こえなーい」


 絶対聞こえてるだろ。

 表情が乏しい癖に、内心で嘲てやがる。


「グッ……!!マケマシタ……」


「『誠意を欠いては?』」


「ヌグッ……!『玄明流の名折れ』。……あぁ、もうッ負けた!俺は負けました!!カッコつけて負けましたァ!!」


「よく言えました。ぱちぱちぱち」


 この女、本当に容赦が無いのである。

 試合に勝ちやがり、俺のプライドも引き裂きやがり、残るは心の身ぐるみを剥がされた丸裸の俺。

 時代劇の町娘さながらに『良いではないか』された俺の心は泣いていた。


「で、するの?告白」


「出来るかァ!この状況で告白出来るほどメンタル強くねぇよ!」


「ふーん。そっか。しないだ」


 なんだその反応。

 なんでイサナはご自慢の髪を弄ってる。

 なんで内股でモジモジしてる。

 なんで『残念だなぁ』みたいな視線をこっちにチラチラ送ってくるんだ。

 

 ――これは、所謂アレですか神様。

 当たって砕けろってやつですか。

 でも俺は敗北者ですよ。

 敗者が約束すら破っていいんですか。


 俺の脳内では天使が『自制しろ』と諭し、悪魔が『突撃せよ』と唆す。

 俺に迷いは無かった。

 何故なら思春期真っ只中の男の子だから。


「八切イサナさぁん!俺、俺ずっと……ずっとイサナがぁ――」


 『好きです』。

 俺は確かにそう口にしたつもりだった。

 だが、緊張に瞑ってしまいそうになる薄目が捉えたのは、真横を向くイサナの姿だった。

 彼女の反応に些か疑問を持った俺は、視線の先を見る。


 そこには『トラック』があった。

 否、緊張のあまり周囲の音が聞こえなかった俺は、と誤認していた。

 正確に言うならば、『トラックが道場の壁を破壊し突っ込んで来た』のだ。

 それも、ただのトラックではない。


 ――悲しいかな。

 イサナの抜刀技術に慣れた動体視力というものは、死の間際まで緻密に情景を脳に伝達する。

 全身には紫主体の派手な塗装。

 数えるのも億劫な程のマフラーの数。

 何故か吹き出す炎。

 あまりにも狂気100パーセントな風貌は、世紀末なエンジン音を奏で真っ直ぐに俺に突っ込んでくる。


「どわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 人間、異質なモノに遭遇すると逃げることすら忘れるらしい。

 俺は驚愕という反応に身体を委ねる。

 よくあるシチュエーションで、車に引かれそうな子供を助けるなんてあるが、現実は無慈悲だ。

 あれれ、普通に怖いぞ。


 ――などと思っている内に、トラックと俺は接触した。

 圧力が振動となり、全身を波の様に震わせる。

 衝撃が身体を抜けた瞬間、俺の身体は宙に舞った。

 痛みは、無い。

 だが、全身が動かない。

 むしろ空を舞うことに心地良さを感じている。

 人が空に憧れを持つ理由がわかった気さえしていた。


「――――ッ!!」


 イサナの声がする。

 俺は宙に舞ったまま、声の方に目を向ける。

 イサナが泣いて、叫んでいた。

 あぁ、何泣いてんだよ。

 普段仏頂面な癖に。

 いや、俺が泣かせてるのか。

 俺はたまに見せる笑顔が好きなんだ。

 だから、頼む。

 最期くらい笑顔を見せてくれ。


 俺は届かない言葉を漏らしながら、突如地表に引っ張られる。

 打ち上げからの落下。

 その速度は、急激に意識を現実に引き戻した。

 

 ――怖い怖い怖い怖い怖い。

 ていうか、痛い。全身が痛い。

 嫌だ、嫌だ死ぬのは怖い。

 こんなん馬鹿げた死は嫌だ!!


 そして、俺は背に大地を感じ、その意識に幕を下ろしたのだ。



 


 *



 


 ――たった今、アルトが轢かれた。

 轢かれて、吹っ飛んで、墜落した。

 なのに、なんで、どうしての?


「そんな、確かにアルトはここに居たのに……」


 私は彼の落下した場所を手で触る。

 手に残る感触。

 それは血でも彼の硬い筋肉でもない。

 ただの木製の床だ。


「いったい……何なの?」


 私はあのトラックが壊した壁を見る。

 そこには傷ひとつ無い、いつもの壁が在る。

 無論、トラックの影なんてありもしない。

 それが当たり前の風景であり、今は

 まるで先の出来事そのものを、この世界の記録から消し去ってしまったかの様にさえ思ってしまう。

 彼をと揶揄う余裕は、とうに無かった。

 仮に、本当に世界の記録から消えてしまうのならば、彼をアルトと呼ばなければならない気がしていた。

 そうしなければ、彼との記憶さえ消えてしまうのではないかと、怖かった。


 「アルト……」


 赤く腫らした目から零れる大粒の涙は、未だに溢れて止まらない。

 私はただ呆然とその場に立ち尽くすしか無かった。


 『――アナタの力、私の為に使いなさい』


 突如、耳鳴りに似た声が私の頭に響く。

 それは、この世のものとは思えない引力を持って私を手招きしているみたいだった。


「な、なに……?」


「疑問は持たずとも良いのです。私の言葉にただ、身を委ねる。それがアナタの最善よ」


 私はまるで魔法にかかった様に、素直に意識を手放した。

 それは心地良く、どこか怖い。

 酷く冷たい気分なのに、たても楽しくなる。

 二律背反の想いを抱いて、私は作為的な微睡みに旅立った。

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