間章

01

 相手を威圧するためには、まずは己が冷静でなければならない。


 受け取った言葉をそのまま胸にとどめ、フルカは可能な限り静かに部屋の扉を開けた。


 昼間にも関わらず、暗い部屋だった。


 そこにいるモノが暗闇を好んでいるわけではない。


 ただ、性質なだけだ。


「逃した星は見つかったの?」


 低く、フルカは問う。


 音を立てないことは得意でも、静かにすることは苦手だった。余計な動きをしないよう、胸の前で腕を組む。


 それは、異形だった。


 ヒトの形をしている。影がそのまま立ちあがったような、夜の闇をヒトの形に切り取ったような、真っ黒なヒトの中に「目」が浮いている。


 ひとつやふたつではない。部位に寄らず、方向もめちゃくちゃに、大小様々な目が、各々でまばたきしている。


 異形の胸部で、一際大きな目がフルカを向く。


「見つけた」


 濁った声が、端的に答える。あるいは、表には見えない発声器官が、異形の体内から声を出しているのかもしれなかった。


 異形は、頭部の目のひとつを片手で押さえている。その指の隙間から、痙攣するように向きを変える瞳孔が見えた。


 半月程度の関係ではあれど、フルカも初めて見る異形の反応だった。


「なにか問題?」


「焼かれた。太陽がいる。だが」


 異形の視線がフルカを離れ、思考するようにぐるりと天井を舐めた。


「夜であれば、お前の糸で捕らえられる」


「へぇ。もうひとつオマケしてくれるってこと?」


「太陽は私の商品ではない」


 好きにしろ、という意味だと、フルカは受け取った。


 異形の言葉は端的なあまり、フルカには読み取りが難しい。質問責めにしなくても済むようになったのは、ここ数日のことだった。


「ひとつ。顧客に伝える」


 異形の声に、フルカは思わず目を見張った。組んだ腕に爪を立てて、一度息を吐く。


 問われる前に異形が情報を出したのは、「星を逃したとき」だけだった。すなわち、である。


「……なに?」


灰色の猟犬グレイ・ハウンド


 異形が常用する語彙ではない。


「顧客はそう呼ぶ」


 二年前まで、首都ではよく聞いた言葉だった。


 異邦人を売買するものを、執拗に追い詰める管理局の犬。フルカのファミリーの天敵。


 それは、異邦人を捕らえるすべての牢と枷を破壊するという。


「関係ない。パパが求めているんだもの」


 震えた背筋を奮い立たせる。


「それとも、逃げるつもり?」


 声を、更に低く。


 爪先で床を二度叩く。


 フルカの威圧を意にも介さず、異形の目は再び天井を向いた。時間をかけて、視線が二往復する。


 通常、猟犬を恐れるのは、己の商品を全て失う可能性すらある「売る側」の方だ。いかに異形であっても、商人である以上はその例に漏れない。


 しかし。


「否定」


 短く、異形が答える。


 それ以上の言葉は続かなかった。


 もはや、フルカへ視線を向けることもない。


 歯噛みした顎が軋む。異形はフルカに価値を見出していない。心底嫌で、それでも異形を害するわけにはいかなかった。


 それは、フルカの「パパ」の大切な取引相手だ。


「星はどこにいるの」


 異形は、ただ町の名を答える。

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