02
さておき。
「もうそろそろ、本題に入ろっか」
と、少し高い声と共に、青灰色のネコが事務机に飛び乗った。
整えられた長毛の下で、後ろ足をたたんで座る。
「ドルチェ、管理番号は振った?」
「はいはぁい。XDM045、緊急の保護ミーティング開始ねぇ」
ドルチェの宣言に、アーロンはひらりと片手を振って応える。
ミーティングの序盤、主導権を握るのは後方支援のふたりだ。
「まずはマオからぁ。占いの内容をお願いねぇ」
「結果をそのまま言うよ。寝ないでね、寝ぼすけさん」
「気にするな。充分な睡眠を摂っても、これを聞くときは眠くなる」
軽口に対しては、ネコの短い威嚇が返る。
それ以上の脱線はせず、マオは前足を踏み直して居住まいを正した。
「糸が切れ、天の星は地に落ちる。影の瞳は彼を追えど、天の祝福は枯れず。終にかの手は星を掴む」
「天と地、両方入ってるのはぁ、ちょっとイレギュラーすぎるかなぁ?」
ドルチェがさらりと言ったのは、既に内容を聞いていたからだろう。ひっくり返された資料は、この占いの読解に使っていたらしい。
書きかけの書類を机に広げて、ドルチェはその一部をアーロンに差し出した。受け取って見れば、紙面は占いの内容と、それぞれの単語から関連する要素の羅列で埋まっている。
「あたしの所見ではぁ、M045は“天の星”と“彼”かなぁ? “影の瞳”はM045を狙う存在と読めるからぁ、ちゃあんと護衛をつけておかないといけないかもねぇ」
「異論はない。マオは?」
アーロンに促されたものの、マオの返答はわずかに間があった。
適切な言葉を探すように、瞳孔の丸い目がさまよう。
「ボクは、内容よりも……そうだな、唐突さの方が気になってる」
「昨晩は占ったぁ?」
「もちろん。影も形もなかった。それに、」
もう一度、マオは視線を揺らす。
「現在から未来まで、時間はグラデーションのようになっているんだけど……彼の、M045の部分は、どこかから切り貼りしたみたいに浮いてる、って言えば伝わるかな」
「感覚的だねぇ」
「こればかりは占いや予言ができないと分かんないよ。そういうものだと思って」
長い毛を伴って、ネコの尾がふわりと揺れる。マオ自身も、今回の占いにおいては言語化に苦心しているらしかった。
あらかた目を通した書類を、アーロンは半ば放るようにクリスへ手渡した。
視線を向ける必要はない。間髪入れずに受け取られて空いた右手で、霞んだ目の眉間を押さえる。
「参考までに、通常の占いではどう見える?」
そもそもの話。異邦人とは、世界の外側から現れる外来種である。
どこからともなく、突如その場に現れるものなのだから、一見すればどの異邦人も外界から「切り貼りされた」存在と言えるだろう。
故に、異邦人保護にあたって、占いや予言は重要な手順のひとつとなる。
それでも、マオが言葉を選ぶのにそう時間はかからなかった。
「同じ例えを使うなら、一滴落としたインク。異質な存在としては見えるけど、ちゃんと世界に滲んでいる感じ」
「うぅん……この感覚から結論を探そうとするのはぁ、ちょっと危険じゃなぁい?」
「理屈よりも感覚が役に立つこともある。特に、頭ばかり回していられない現場ではな」
アーロンの言葉には釈然としない表情を浮かべたものの、ドルチェはペンを走らせる。異邦人に関する情報は多い方がいいのもまた事実だった。
「それでぇ? ウチで一番イレギュラー経験がありそうなアーロンからは、なにかないのぉ?」
「残念ながら、前例がない」
もう一度、ドルチェは顔をしかめた。ペンで宙に円を書き、無言で続きを促す。
「価値や能力が高いと認められた、悪意ある第三者に身柄を狙われる異邦人。これが本来のイレギュラーだ。大抵は保護した後の分析で判明する。占いの段階で怪しまれるパターンもあるが」
言葉を区切って、アーロンは眉間から手を離した。
内容に反し、笑んだ口元には牙が覗いている。
「ここまで異彩を放っているのは、初めて見た」
「ちょ……ちょっとぉ! これ……ウチでなんとかできる案件なのぉ!? 応援を頼んだ方がぁ……」
「いいアイディアだ。首都にでも報告書を送ってみるか? 腕のいい配達員を捕まえれば、三時間後には届く」
「ぜぇんぜん間に合わないじゃないのぉ!」
机を叩くドルチェを一瞥して、マオは天板の端で足を置きなおした。ジトリとアーロンを睨む。
「面白いものを見たからって、ドルチェをからかって遊ぶのはやめなよ。仔猫じゃあるまいし」
「おかげで目が覚めた」
「……クリスは、なにか気付いた?」
机に突っ伏して目をまわすドルチェの肩を、マオが前足で叩く。
クリスの返答は、一呼吸も挟まなかった。
「M045は地に属する」
「“天の星”なのに?」
「“天の祝福”は地のものにしか与えられない」
光を灯さない黒い目が、一度瞬きする。
「この“祝福”が第三者を指しているのかは、不明だが」
「なぁんで、まだ来てない異邦人にぃ、ふたつも関連するものがあるのぉ?」
弱々しく言いながらも、ドルチェのペンは紙の上を走った。
あらゆる情報を収集し、精査し、過去に蓄積された情報から検索する。ドルチェの身についた素質は、本人の精神が多少混乱していようと問題なく稼働する。
悪びれる様子もなく、アーロンは肩をすくめた。
「そう言うな。まだこの“祝福”が管理局を指している目はあるだろう」
「あなたは地属性でしょぉ?」
「天ならここにいる」
アーロンが指で示した先で、クリスは書類を机に戻す。
「僕がM045の保護を担当することに、異論はない」
「……ほんとに大丈夫ぅ?」
「他に残っている業務に比べれば、得意な方だ」
ため息混じりにクリスの言葉を継いだのはマオだった。
「残念だけど、M045はヒトで、たぶん若いオスだよ。普段は一週間くらい猶予があるけど、これから衣食の手配をしないと」
「マ、マオはぁ?」
「保護ミーティング前に提出しなきゃいけない詳細レポートを、まだドルチェに渡してないでしょ? これから書くの」
「あたしはぁ……この部屋を片付けてぇ、リリィの連れてくるM044の面談をしてぇ、レポートを確認したらぁ……三時間後にはM045がぁ」
「そろそろ二時間後になるよ」
「んえぇ!?」
頭を抱えたドルチェの隣で、マオはアーロンへ目を向けた。
「そういうわけだから、“影の瞳”を狩りに出かけないでね」
「ドルチェのタスクの九割は日頃の行いが原因だろう」
「仕方ないよ、ものを溜め込んじゃうのはドワーフの習性だし」
「限度がある」
とはいえ。なにを言おうとこの部屋から書籍が消えることはない。
占われた未来が変わることも。
「じゃ、仕事は決まったね? クリスには後で予測座標を教えるよ。アーロンは各種手配を」
「ついでに居住館の警備状況を整えておく。ドルチェは」
言葉を遮ったのは、勢いよく机を叩いた小さな掌だった。音こそ威圧感はないものの、当のドルチェは鬼気迫る勢いで、
「ミーティングは終わりぃ! 片付けるからぁ、出られる内に出てってよぉ!」
半ば自棄になった叫びが、異邦人管理局の本館に響く。
太陽はいよいよ天の真上に到達しようとしている。夜の冷気は去り、スプリングホーンの町はようやく動き出す時間帯だった。
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