……チェックメイト、か

絶望的な状況だった。 古竜の咆哮により、勇者は剣を折られ、聖女は意識を失っている。戦場は灼熱の地獄と化し、次は確実に全員が灰になる「終焉の炎」が放たれようとしていた。


誰もが死を悟ったその時、瓦礫の影からひょっこりと男が現れた。 ネロだ。いつもの飄々とした薄ら笑いを浮かべている。


「おいネロ! 何をしている、逃げるんじゃなかったのか!?」 倒れ伏した勇者が叫ぶ。ネロは埃を払うふりをして、勇者に背を向けた。


「ああ、逃げるさ。こんなバケモノと戦ってられるかよ」 ネロは杖を捨てた。そして、両手を広げてドラゴンの前に立ちはだかる。 「だから、時間稼ぎだ。俺が囮になっている間に、お前らは転移水晶で飛べ。……準備はできてるな?」


「ふざけるな! お前一人で防げるわけがないだろう!」


「いいや、防げるね」 ネロの全身から、かつて見たこともないほどの膨大な魔力が噴き上がった。 青白い光が彼の体を包み、皮膚がひび割れていく。それは魔力の許容量を超えた「自壊」の兆候だった。彼はずっと溜め込んでいたのだ。攻撃のためでも、自分のためでもなく、いつか訪れる「逃げられない死地」で、仲間を逃がすためだけに。


ドラゴンの口が開き、世界を焼き尽くす白光が放たれた。


「計算違いだな。俺の『ハッタリ』は、これくらいじゃ破れないぜ」


ネロは笑った。展開されたのは、国一つを覆えるほどの多重防御結界。 炎の奔流が結界に衝突し、ネロの背中を激しく焼く。彼の体は光の粒子となって崩れ始めていた。


「よせ! やめろネロォォォ!!」


勇者の絶叫が遠のいていく。強制転移の光が仲間たちを包み込むのを、ネロは背中の気配だけで感じ取った。


「……へへ、大成功」


崩れゆく視界の中で、彼は最期にニカっと笑い、いつものように肩をすくめて見せた。誰もいない虚空に向かって、彼は独りごちる。


「おいおい、勘違いするなよ。俺はいつだって嘘つきだろ? 『逃げる』って言ったのも嘘。『怖くない』って言ったのも嘘だ」


炎が彼の輪郭を飲み込んでいく。


「……でもな、『お前らが大好きだ』って言ったことだけは、生涯一度きりの本当(マジ)だったんだよ」


爆音と共に、道化の魔術師は消滅した。 後に残ったのは、焦げ付いた大地と、彼が守り抜いた命たちだけだった。

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