第3話 高校1年生、6月➂

事務室には緊張感が漂っていた。


半分だけついてる蛍光灯に照らされた書類の山と事務机。


壁際には金庫。


そして、端の机に置かれたパソコン。


「……よし、早めに終わらせよう」


パソコンはスリープ状態だった。


マウスを動かすと画面が点き、会計ソフトのアイコンが目に入った。


「これだ」


カチカチッと音が響く。立ち上がるまでの時間が妙に長く感じた。




--カツンッ。


と、どこかで何かが反響した音がしてビクっとなる。


「……廊下、来てないよな」


「た、多分」


佐伯の声もわずかに震えている。




会計ソフトが起動し、仕訳データが表示される。


「文化祭準備金……準備金」と仕訳を順に探していく。


佐伯が預けたと言っていた日付。


文化祭準備金、その記録がどこにもない。




「現金で預かった金を、何日も入力しないなんてことはないよな……」


学校だって組織だ。


金の動きはきっちりしているはず。


念のため、日付をずらして確認する。


翌日、その次の日も。


……それでも該当するものは見つからなかった。


「事務員が言ってた通りか……佐伯、正確な金額ってわかるか?」


そう聞くと「確か三万二千円だったはず」と帰ってくる。


アプローチを変えて金額検索をすると1件だけヒットした。


日付は預けた翌日。


科目と摘要には『雑収入、高島産業』と記録されている。


「雑収入……?」


高島産業は事務用品を扱うそこそこ名の知れたメーカーだ。


割引かリベートか、雑収入で処理するのは間違いではないが、何か違和感を覚えた。




「更階くん、金庫開けるよ?」


佐伯が引き出しから金庫の鍵を取り出す。


--カチャ、金庫は難なく開いた。


中には封筒、ファイル、手提げ金庫等。




「佐伯、今期分の領収書か請求書、いや支払通知書とかそんなファイルないか?」


「え?あ、うん、探してみる」


佐伯は背表紙の目で追い、目的のファイルを何冊か引き抜く。


俺は渡されたファイルを開き目的の書類を探し始めた。




廊下では。



「なんで私が共犯なのよ!」


「ごめんって!協力してくれよ!」


「だからって忍び込んで調べるなんて!」


小声での言い争い。


「私だって……佐伯くんが犯人だなんて思っちゃいないわよ、けど……!」


月島がそう言った瞬間、職員室の扉が開き、先ほどの事務員が出てきた。


「や、やば……!」


「えっと!あの!」


「が……学費についてちょっと質問がぁ……」


月島がひきつった笑顔で問いかける。


事務員は「?」という顔をしたが二人の質問に足を止めた。






俺と佐伯は一枚の書類に目を留めていた。


高島産業、三万二千円。支払通知書。


「これだ」


「え?これだけで何がわかるの?」


佐伯の疑問に答えようとすると「……ちょっと質問がぁ……」という月島の声が廊下から聞こえてきた。


なんつー間抜けな声だと少し吹き出しそうになるが、俺を佐伯はハッとして急いで片付けをはじめた。




しばらくして。


--ガチャ。と鍵が差し込まれ事務室の扉が開く。


パソコンは元通り。金庫も閉じられている。


そこにもう俺たちの姿はなかった。




校舎の裏手。




物陰から顔を出すと陽斗と月島がほぼ同時にこちらを見た。


「首尾は?」


「上々!」


俺は小さく頷いて親指を立てる。




「直人ならなんとかすると思ってたわ」


「いや、でもマジで焦った。事務員の顔忘れられん」


陽斗が頭の後ろで手を組みながら、からっと笑う。


「変な子って思われてないかしら……」


月島が恥ずかしそうに言う。


「聞いてくれよ直人、こいつ意外とポンコツでさぁ」


「んな!」


月島が声を裏返し陽斗を睨む。


「誰がポンコツよ!あんたが余計な事をさせるからでしょ!」


ぎゃーぎゃーと始まる二人の言い合いに、さっきまでの緊張感が嘘みたいに溶けていく。




「更階くん」


そんな中、佐伯が俺に話し掛けてきた。


「本当に、ありがとう」


佐伯は視線を落としながら言う。


「まだ終わってないぞ」


そういうと、佐伯はパッと顔を上げて俺の顔を見る。


「明日みんなにちゃんと、照明しないといけないからな。お前が盗んでないって事をさ」


一瞬、言葉を探すように佐伯の唇が揺れたあと、小さく、でもはっきりと頷いた。


「……うん」


その顔は少しだけ安心したように見えたが、それでもまだ怯えを残しているようだった。




--証拠は見つけた。


けど、それをどう使うかというのは、また別の話だ。


校門が見えてきたところで、俺は立ち止った。


「あ、悪い」


「俺、まだちょっと用があるからさ、先に帰っててくれ」


3人が一斉に振り返る。


「え?今から?」


「忘れ物でもしたの?」


「まさか、また忍び込むとか言わねえだろうな?」


「しねぇよ」


俺は苦笑して、手を振った。


それ以上は何も言わず、3人はそのまま帰っていった。




校内はさっきよりずっと静かだった。日も大分傾いてきている。


足音がやけに大きく響く。


俺は一度深く息を吸って、職員室の明かりへと向かって歩き出した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る