第一噺その4
昼休みのチャイムが鳴っても、
スズカはすぐに席を立てずにいた。
デスクの端に置いたスマートフォン。
画面は伏せたままなのに、
そこにあるだけで、意識が引っ張られる。
――また、来てる。
ポケットの中で、
かすかに震えた気がした。
昨夜のことが、
ふいに思い出される。
帰り道。
酔いが醒めかけた夜風。
画面いっぱいに並んだ通知。
二十五件。
同じ名前が、
上から下まで、隙間なく続いていた。
内容は、どれも丁寧だった。
心配する言葉。
気遣う言葉。
責める文面は、ひとつもなかった。
それなのに。
思い出しただけで、
指先が、わずかに冷たくなる。
――返事をしなきゃ。
そう思う。
けれど、
今もスマートフォンを手に取ろうとすると、
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
――怖い。
理由は、はっきりしない。
怒られたわけでも、
脅されたわけでもない。
ただ、
画面を開いた瞬間、
また“あの数”を見てしまいそうで。
結局、
スズカはそのままスマートフォンを伏せ、
昼休みを終えた。
夕方。
仕事を終え、
最寄り駅の改札へ向かう。
人の流れは多く、
通勤ラッシュには、まだ少し早い時間帯。
改札を抜けようとした、そのとき。
「――あの、スズカさん」
背後から、声がした。
心臓が、
一拍遅れて跳ねる。
振り返ると、
そこにいたのは、朝霞マサトだった。
いつものスーツ姿。
整えられた髪。
変わらない、穏やかな表情。
「よかった……」
安堵したように息を吐き、
彼は言った。
「連絡がなかったから。
心配してたんです」
スズカの喉が、鳴る。
「同じ渋谷で働いてるって、
言ってましたよね」
マサトは、
悪気のない調子で続ける。
「帰りに、たまたま見かけて」
「それで……」
一拍、間を置いて。
そして微笑みながら…
「ここまで、ついてきました」
――逆方向だ。
彼の最寄りは、
私とは、真反対。
その事実が、
はっきりと頭の中で形を持った瞬間、
身体が、先に反応した。
「……やめてください」
声が、震える。
「二度と、会わないでください」
マサトが、
何か言いかけて、手を伸ばす。
スズカは、
その手を振り払った。
そして、
走った。
振り返らず、
人混みの中へ…
…――
それから、一週間。
連絡は、来なかった。
来ないことに、
ほっとする気持ちと、
それでも消えない不安が、
同時に残った。
雨の日だった。
客のまばらなBARで、
スズカはカウンターに座っていた。
不知は無言でシェイカーを振っている。
氷の音が静かな店内に響く。
やがて、スズカの前にカクテルが置かれた。
「え……まだ、何も頼んでないです」
「いつも来てくれてる常連さんに、
俺からのサービスやん」
フローズン・マルガリータ。
「あ……ありがとうございます」
「なんや、元気ないな」
一拍置いて。
「……あれから、どうや?」
不知がグラスを置きながら聞く。
「……疎遠には、なりました」
スズカは、そう答えた。
「でも……」
少し、間を置く。
「何か、
彼からの視線を感じる気がして」
そこからは、
堰を切ったように話し始めた。
一週間前の、BARの帰りの話。
その日の、通知の話。
渋谷の駅でも、
最寄り駅でも、
ふと、視線を感じる瞬間があること。
不知は、
何も言わない。
否定もしない。
決めつけもしない。
ただ、聞いている。
一頻り話を終えた頃には夜も更けていた。
スズカは会計を終え、店を出る事にした。
出口まで送る不知。
外に出ると、
雨は、止んでいた。
「なぁ」
不知が、静かに口を開く。
「前に、言うたよな」
スズカが、顔を上げる。
「止むときは、止むって」
「雨と同じや」
虚を突かれたように、
スズカは瞬きをした。
「……え?」
不知は、空を見上げる。
「いつかは止む。
でもな、
なかなか止まらん雨もある」
スズカは、黙って聞いていた。
「そういうとき、
人間はどうすると思う?」
「……どう、するんですか?」
不知はにこっと笑う。
「神様に祈るんよ」
「てるてる坊主、作ってな」
一瞬の間。
「まぁ……
効くかどうかは、しらんけど」
軽くウインクする。
その笑顔は、
やけに爽やかだった。
しらんけど、都市伝説が探偵をするらしいで。 翔星 航 @showtime_cakyom
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