第十八章「大穢れの源」

混沌の床屋の入り口は、黒い霧に覆われていた。


一刀は足を踏み入れた。


中は薄暗く、どこからともなく呻き声が聞こえる。穢れに呑まれた者たち——人の形を辛うじて保っている者もいれば、完全に異形化した者もいる。


「うぅ……」


「グルルル……」


彼らは一刀たちに気づいていない。あるいは、気づいていても動けないのか。


「この人たち、救えますか……」


セリーヌが囁いた。


「わからない。だが、やってみる」


一刀は最も近くにいる者に近づいた。かつては人間だったのだろう。今は髪が床まで伸び、全身を黒い霧が覆っている。


剃刀を構える。張り手で皮膚を引っ張り——


「動くな」


声がした。


一刀が振り向くと、奥から一人の人物が歩いてきた。髪は白く長く、しかし穢れは纏っていない。年老いた女性だ。


「お前は……」


「私は、この床屋の管理人」


女性は一刀の前に立った。


「そして、理容神の番人」


「番人?」


「千年前、理容神が封印されたとき、私はその側にいた。以来、ずっとここにいる」


一刀は目を見開いた。


「千年も……生きているのか」


「穢れの中では、時間の流れが異なる。私は老いもせず、死にもせず、ただここで待っていた」


「何を待っていた」


「理容神を解放できる者を」


女性は一刀を見つめた。


「お前は、理容神と同じ匂いがする。同じ世界から来たのだろう」


「……ああ」


「ならば、資格がある。理容神を解放する資格が」


女性は奥を指さした。


「あの先に、理容神がいる。封印を解くには、千年分の穢れを祓わねばならない」


「千年分……」


「理容神は、自らの身体に穢れを引き受けた。この世界の全ての穢れを。そして、封印された」


一刀は理解した。


「つまり、理容神の穢れを祓えば——」


「この世界の穢れも消える。理容神と穢れは、表裏一体なのだ」


「どうすれば祓える」


「お前の技で」


女性は微笑んだ。


「理容の技で、神を清めよ。それが、唯一の方法だ」


一刀は奥へと進んだ。セリーヌが後に続く。


通路は暗く、狭く、どこまでも続いているように思えた。左右には、穢れに呑まれた者たちが壁のように並んでいる。彼らは動かない。まるで、何かを待っているかのように。


やがて、広い空間に出た。


そこに、理容神がいた。


巨大な椅子——理容椅子の形をした玉座——に座った、一人の男。髪は床を覆い尽くすほど伸び、全身を黒い霧が覆っている。顔は見えない。


「……これが、理容神……」


セリーヌが息を呑んだ。


一刀は近づいた。


「聞こえるか」


反応はない。


「俺は、神楽一刀。異世界から来た理容師だ」


男は動かない。


「お前を、解放しに来た」


その時、男の口が動いた。


「……解放……」


声は、擦れ、掠れ、しかし確かに言葉だった。


「お前が……来ると……待っていた……」


「待っていた?」


「千年……この穢れの中で……待ち続けた……」


男の目が開いた。白く濁った瞳が、一刀を見つめる。


「……頼む……俺を……清めてくれ……」


一刀は剃刀を握りしめた。


「任せろ」


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