第十三章「管理理容師の矜持」

一刀は馬を降り、ギルドの包囲を見渡した。


「何をしている」


「理容師殿……! お待ちしていました!」


使者が前に出た。前回と同じ、金の刺繍の杖を持った男だ。


「貴様は王国法に違反した。無許可での浄化行為、民衆への煽動、そして——王女殿下の誘拐」


「誘拐?」


セリーヌが馬から降りた。


「私は自分の意思で同行した。誘拐ではない」


「殿下、お戻りください。ギルドは——」


「ギルドの指図は受けない」


セリーヌは冷ややかに言い放った。


「私は王族だ。ギルドに従う義務はない」


使者の顔が歪んだ。


「しかし、国法では——」


「国法?」


一刀が一歩前に出た。


「お前たちの言う『国法』は、民を支配するための道具だ。穢れを独占し、金を巻き上げ、民を苦しめる——それが『国法』なら、俺は従わない」


「貴様……!」


「俺は理容師だ。髪を切り、髭を剃り、人を清潔にする。それだけのことをしているだけだ」


「それが浄化行為だと——」


「違う」


一刀は剃刀を抜いた。


「これは浄化じゃない。衛生管理だ」


「衛生……?」


「清潔を保つことで、穢れを防ぐ。病気を予防する。お前たちが『浄化』と呼んでいるものは、俺の世界では『当たり前のこと』だ」


使者は言葉を失った。


「そして」


一刀は続けた。


「俺は管理理容師だ」


「管理……理容師……?」


「理容師が複数いる店舗を統括する責任者のことだ。衛生管理の総括、従業員の健康管理、そして——店を守る義務がある」


一刀はギルドの人間たちを見渡した。


「この店は、俺の責任で運営している。お前たちが何を言おうと、俺は店を守る。客を守る。俺の仲間を守る」


使者の目に、新たな感情が宿った。怒りだ。


「ならば——力ずくで排除するまでだ!」


使者が杖を振り上げた。先端が光り始める。


一刀は構えた。剃刀を手に、相手の動きを見極める。


「行け!」


使者が叫んだ。ギルドの人間たちが一斉に動き出す。杖から放たれる光の弾が、一刀に向かって飛んでくる。


一刀は横に跳んだ。光弾が地面に当たり、土煙を上げる。


「神楽さん!」


蒸野の声がした。建物の中から、彼女とハジメが駆け出してきた。


「下がってろ!」


「でも——」


「下がれ!」


一刀は次の攻撃を避けながら、ギルドの使者に迫った。


使者は杖を振るい、光の壁を作った。一刀の剃刀がそれに当たり、火花が散る。


「貴様の刃物では、我が術を破れぬ!」


「そうか」


一刀は剃刀を構え直した。


「なら、試してみろ」


一刀は走り出した。光の弾を避け、壁をすり抜け、使者との距離を詰める。


使者は慌てて杖を振った。だが、一刀の方が速かった。


剃刀が、使者の頬を掠めた。


「何……!」


使者が動きを止めた。頬に、一筋の線が走っている。血ではない。黒い霧だ。


「お前も、穢れに侵されている」


一刀は静かに言った。


「自分では気づいていなかったか? 髭の中に、穢れが溜まっている」


「馬鹿な……我は清浄師だ……穢れなど……!」


「清浄師の術は、穢れを『封じ込める』だけだ。根本的に除去はしない。だから、お前たちも知らないうちに穢れを溜め込んでいる」


使者の顔が青ざめた。


「嘘だ……!」


「嘘じゃない。俺の目にはわかる」


一刀は剃刀を構えた。


「祓ってやろうか」


使者は後ずさった。周囲のギルドの人間も、動きを止めている。


「撤退だ……!」


使者が叫んだ。


「今日のところは引き上げる……! だが、覚えておけ……!」


ギルドの人間たちは、雪崩を打つように逃げていった。


一刀は剃刀を仕舞い、店に向かった。


「神楽さん!」


蒸野が駆け寄ってきた。


「無事でしたか」


「ああ。お前たちは?」


「私たちも無事です。包囲されてる間、シャンプーと蒸しタオルで——」


「聞いた。よくやった」


一刀は蒸野の頭に手を置いた。


「お前たちがいてくれて、助かった」


蒸野の目に涙が浮かんだ。


「……おかえりなさい」


「ただいま」


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