第5話 前王アーリウスの改革と、世界の矛盾
朝食は、いつもと変わらず静かだった。
焼き色の薄いパンと、温いスープ。
特別な味はしないが、塔では貴重な“整った食事”だ。
食事がひと段落した頃、
エリシアがふと顔を上げ、ノブレスを見た。
「ノブレス」
呼ばれた名に、彼は視線を向ける。
「あなたのご両親は、何をされていたのですか?」
唐突な問いだったが、
詮索する響きではない。
ノブレスは、少し考え、淡々と答える。
「僕の両親は地方貴族で、海運業を行っておりました」
「!」
「……行って“いた”のですね」
エリシアは、言葉の過去形をそのまま拾った。
「はい。事業がうまくいってきた矢先に、海難事故で亡くなりました」
「……」
一瞬、言葉が途切れる。
「申し訳ありません……」
エリシアの声は、心からのものだった。
ノブレスは、首を横に振る。
「お気遣い痛み入ります」
「ですが、その結果、こうしてエリシア様と食事を共にしています」
「地方貴族の身分では、それは叶わなかったでしょう」
事実を述べただけだった。
だが、その言葉には、不思議と重さがあった。
エリシアは、少し困ったように微笑む。
「ありがとう。でも……無理はしないでくださいね」
「両親を亡くす痛みは、私もよく分かります」
その横で、ミレイナが静かに口を開いた。
「アーリウス様とイリス様は、本当に素晴らしい方でした」
「私のような者にも、いつも暖かく、優しく……」
愛した父と母の名が
エリシアの表情をわずかに曇らせる。
⸻
沈黙を破ったのは、ノブレスだった。
「……エリシア様」
慎重に言葉を選びながら、続ける。
「あなた様にかけられている“謀反の嫌疑”とは、どのようなものなのですか?」
ミレイナが、思わず息を呑む。
だがエリシアは、驚かなかった。
「そうですね……」
ゆっくりと、頷く。
「あなたには、知る権利があります」
エリシアは語り始めた。
「父は、内戦を終わらせた英雄として、アルビオン王国の王位につきました」
「盤石ではない体制を整えるため、
前王朝派の最大勢力――シンクレア家の令嬢と婚姻を結んだのです」
ノブレスは即座に頷く。
「なるほど。うまいやり方だ」
「ええ」
「政略結婚の一面はあったのかもしれません」
「ですが……父は、彼女を大切に想っていたと聞いています」
「その方が、ライザ姉様の母上――マグダリア・シンクレア様です」
エリシアは、少し言葉を切り、続けた。
「政治の基盤を整えた父は、この国の改革に着手しました」
⸻
アーリウスの改革は、
旧勢力にとって許し難いものだった。
貴族による特権の独占を解き、
地方で乱立していた裁判権を中央へ移し、
旧教会の不正と市場の独占を指摘した。
-何より
新教徒と旧教徒を、法の上で平等に扱おうとした。
「父は……中央に権力を集め、自らの手で民を救おうとした」
エリシアの声は、震えていない。
「ですがやはり守旧派の抵抗は激しく、その間に挟まれたマグダリア様は体調を崩された…」
「私の母イリスと父が再婚したのは、その少し後の話です」
そして、エリシアが生まれた―
だが、幸福は長くは続かなかった。
「母イリスが流行り病に倒れ、
父は悲しみに沈み、改革は停滞していきました」
「そして…」
エリシアは、言葉を選ぶ。
「道半ばで、突然“病死”したのです」
⸻
ノブレスは、眉をひそめた。
「病死だと、本気で信じておられるのですか?」
率直な問いだった。
エリシアは、首を横に振る。
「それは分かりません」
「ですが……父が亡くなったことで、改革が止まったのは事実です」
エリシアの青い瞳に、影が落ちる。
「父の死後、姉様が王位につき」
「そして異端者管理法が復活したのです」
「各地新教徒への弾圧が強まり、各地で反乱が相次いだのです」
ノブレスは頷く。
「その反乱への関与を、疑われたのですね」
「はい」
「新教勢力が、私を担ぎ上げ、ライザ王を打倒する計画があるという話しがでてきたのです」
エリシアは、静かに答えた。
「私は、自身の身の潔白を証明しなければなりません」
「だから……今、この塔にいます」
少しだけ、声が揺れた。
「姉様は、父を恨んでいました」
「ですが……私は、優しく、聡明な姉様の姿も知っています」
エリシアは俯き、
自分の感情の矛盾を整理できずにいた。
ノブレスは、はっきりと言った。
「殿下の父君は、間違いなく偉大な王でございます」
-それは、信長自身も誰かに言ってもらいたかったセリフだったのかもしれない
エリシアは、顔を上げる。
「……ありがとう」
「今は、父がどれほど重い責務と戦っていたのか、少し分かる気がします」
⸻
――ドンドンドン。
突然、扉を叩く音が響いた。
「書状が届きました!」
「エリシア王女も確認するようにとのお達しです!」
届けられた書状を読み終え、
エリシアの顔が真っ青になる。
「……これは、国が割れます」
ノブレスが視線を向ける。
「姉様が……エスパドール王国第一王子、フェラン様と婚約を結ばれました……」
ノブレスは即座に理解した。
「各国の勢力均衡が崩れますね」
「はい…」
エスパドール帝国はアルビオンの南側の海を挟んだ、大陸の東端に位置する。
旧教の盟主であるエスパドールと結べば、国境を接する西の大国、フランクリン王国が黙ってはいない。
「近年フランクリンは新教を庇護している。
必ず、敵対する勢力と手を組むでしょう」
エリシアの声が、強張る。
「……そうなれば」
「大陸は、新教と旧教の戦火に包まれます」
ノブレスは、低く答えた。
「その火は……」
「アルビオンをも、燃やすでしょうね」
エリシアはとても狼狽えているようだった
ライザの行動が受け入れられないのだ。
「なぜ姉様は戦乱の中にアルビオンを晒すような選択を……?」
ノブレスは自身の考えを忌憚なく述べた
「姉君は賢明です。強国と結べば国は守られる」
エリシアは納得できない想いをそのままぶつける
「父が亡くなってから、この国も混乱の最中にある。
エスパドールとの接近は新教と旧教の対立を煽る。多くの血が流れてしまいます!」
ノブレスは制すように返す
「姉君は弾圧と粛清を持って、この国の混乱を治めるつもりでしょう」
エリシアは胸に硬く結んだ手を当てた
「それが国を守る道なのですか?」
「旧教徒も新教徒も同じアルビオンの民です…」
「父は…そんなやり方はしなかった。」
ノブレスは言葉を選びながら伝える
「殿下、アーリウス陛下の改革こそが、今の状況を作ったのです」
エリシアはさらに困惑する
「どういう意味ですか?」
ノブレスは続けた
「改革は敵を生む。古い仕組みを壊せば、その利を失う者が必ず反発する」
エリシアは絞り出すように声を出した
「……少なくとも、父は旧教徒を公平に扱った!」
ノブレスは重く低い声で
「だから殺された。」
エリシアの手は硬く握られたままだった。
ノブレスは更に話しを続けた
「昔のとある国の話です。
宗教勢力と時の王が対立し戦争になった」
「本拠地である寺院を徹底的に焼き、炙り出された信徒たちも」
「皆殺しにした。女子供も含めて」
エリシアは息をのんだ
「どうして……そこまで……」
ノブレスはただ淡々と話す
「“少しでも力を残せば、大きな反発として返ってくる”。王はそう考えた。
とかく政とは、そういうものです。」
「アーリウス陛下は余力を相手に残した、付け入る隙を与えてしまった。」
(そう…わしは王として、全てを破壊した。)
エリシアの瞳に涙が浮かぶ。
しかしそれは悲しみではなく、怒りでもなく
―強い光。
エリシアは自らの問いから逃げない。
その力は誰もが持っているものではない。
エリシア
「誰にでも信じるものがあって、それを大切にする権利があります。
信じる者同士が話し合い、分かり合う道を探すべきなのでは?」
ノブレス
「それはライザ王も同じです。
彼女には“伝統や秩序を守る”という信念がある。その背後には、彼女を支持する多くの民もいる」
エリシア
「踏みつけられる民もいる」
ノブレス
「民とはいつも純真で正しく動くわけではない。
流され、煽られ、誤る。それをまとめる“力”を使うという決断こそが
王の役目なのです。」
エリシア
「力だけでは心は救えません!」
ノブレスは静かに歩み寄った。
「では問います」
「ライザ殿下は国のためにエスパドールに御身を捧げる覚悟がある。殿下は、
そのような覚悟を持てますか?」
― 覚悟 ―
エリシアはその問いを噛み締めた
しかし今の自分では答えは出せなかった。
⸻
静まり返った塔の中で、
世界は確実に動き始めていた。
そしてこの小さな塔が、
その渦の中心になることを、
まだ誰も、はっきりとは理解していなかった。
⸻
第1章 終章
⸻
第1章あとがき
ここまで読んでくださった皆様。本当にありがとうございます。
第1章は信長が転生、幽閉されているエリシア王女との出会い、そして王として統治する思想のぶつかり合いを描きました。
徹底したリアリストのノブレス(信長)
まだ甘い所も多い理想主義のエリシア
国内を安定させるために独裁体制を敷くライザ
この三者と外国勢力・宗教勢力が絡み合い、アルビオン王国の激動の時代が動き出します。
次回は第2章「裁きの夜」スタートします!
コンテスト終了まで毎日更新を行いますので引き続き読んでいただけましたら幸いです。
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