第4話 女王ライザ

陽射しは高くなり、街の音が騒がしく増えていく。

遠くで誰かが笑い、風に混じって草の匂いが運ばれてくる。


「王城の執務室には、熱を失った緊張だけが残っていた」


高い天井。

長い机。

取り囲む面々は皆眉間に皺を寄せている


「…裁判所の見解を」


女王ライザは、顔を上げずに言った。


報告をするのは、若くしてライザの右腕として、王国国務院を取り仕切るその男の名は


エドガー・ハーウィック


王国実務の要だ。


「提出された証拠では、

 国家反逆を立証するには不十分との事です」


「現状では――

 無罪、もしくは微罪での結審が有力かと」


空気が、わずかに張りつめた。

羽根ペンの先が、紙の上で止まる。


「……そう」


ライザは何事も無いかのように返事をする

驚きも、苛立ちもない。


法衣の男が、声を落とす。


「しかし

 “疑いを向けられた王女”が無罪となれば、

 民はどう受け取るでしょうか」


「裁かれなかったのではなく、

 “疑いがなかった”と」


アルビオン王国・旧教会最高位司祭

スボニミエル・ヴァルデだ。


ライザは、ようやく顔を上げた。

冷えた瞳。


「裁判所がそう判断するというのなら、それで構いません」


ズボニミエルが、わずかに口元を歪める。


「とはいえ……

 この件が長引くこと自体が、

 秩序を揺るがしているのも事実」


「……民の間では、すでに“異端の王女”という噂が流れております。ここで裁きが曖昧になれば、不満はこの王権そのものへ向かいかねません」


ライザのペンが、止まった。


「民を煽りたてるつもりですか」


「いえ……あくまで秩序のためです」


「―それ以上は、認める事はできません」


一瞬だけ、ライザの視線が机上の王璽に落ちた。


前王アーリウスの治世。

改革と引き換えに失われた秩序。

国は二つに割れた。


―繰り返すわけにはいかない―


ライザは、ゆっくりペンを置いた。


「軽率な行動は慎みください」


淡々とした声で


「この件は、あくまで“正式な形”で終わらせます」


視線が、室内を一巡する。


それは命令であり、

牽制だった。


会議は、それで終わった。


誰もそれ以上は何も言わなかった。


しかし無罪になりそうな王女が一人

それを望まぬ者が、ここに確かにいる。


一方同じ頃。


塔の中庭では、

外された床板が並び、縄が組まれ、

石が慎重に積まれていた。


ノブレスは、結び目を確かめている。


「ノブレス、何をしているのですか?」


背後から、好奇心に溢れた声で呼びかけられ

振り向くと、エリシアが立っていた。


「いや、この塔は誠に古いもので、直しがいがあります」


真面目な顔で答える。


エリシアは、首を傾げた。


「いつもありがとうございます」

「でも、あまり根を詰めないでくださいね」

「私にできることがあれば、遠慮なく

おっしゃってください」


ノブレスを心から気遣う微笑みだ。


ノブレスは、手を止めた、一瞬だけ。

そして、ぽつりと言う。


「……これが、役に立たないことを願っております」


エリシアは、目を瞬かせた。


「は、はあ……?」


エリシアが去ると

ノブレスは、再び作業に戻る。

(中々どうして、うまくいかぬ……こんな時に五郎左がおればの)


信長であった時分の…

かつての忠臣を思いだし少し懐かしい気分になった。


この塔ではいつ何が起こってもおかしくない。

政治という戦場は感情に遠慮しない。


そこにあるのは敵か味方かどちらしかないのかもしれない。


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