第2話:魔王城、ただいま「一斉有給取得日」につき。
【AM 10:00 魔王城 正門前】
「……え、開かない」
勇者は、かつてないほど困惑していた。
伝説の聖剣を抜く以前の問題だ。魔王城の巨大な黒鉄の門には、無慈悲なまでにモダンな「カードリーダー」が設置され、赤いランプが点滅している。
門の脇には、一枚の掲示板。
【お知らせ:一斉有給取得に伴う閉城について】
誠に勝手ながら、本日は魔王軍福利厚生行事「全軍合同・癒やしのワイバーン温泉ツアー」のため、全業務を停止しております。
緊急の侵入・討伐に関するお問い合わせは、提携警備会社『聖域警備(SECOM:Sanctuary Efficient Counter-Offensive Management)』まで。
「『一斉有給』!? なんだよそれ! 魔王だろ!? 24時間体制で邪悪なオーラ放ってろよ!」
勇者が門を蹴りつけると、突如、頭上のガーゴイルから合成音声が流れた。
『警告。不法侵入を検知しました。これよりホームセキュリティモードを起動します。不審者の方は、そのまま動かずにお待ちください』
「動かずにお待ちください、じゃないわよ!」
魔法使いが絶望的な声を出す。
「見て勇者。あのガーゴイル、最新式の熱感知センサー積んでる。私の探知魔法より解像度高い……。これ、無理に突破しようとしたら、防衛システム(火炎放射)で丸焦げよ」
【AM 10:30 魔王城 中庭(突破断念)】
なんとか通用口をピッキングしようとした勇者だったが、そこには「スマートロック」と「静脈認証」が立ち塞がっていた。
「……勇者、見て。インターホンに張り紙があるわ」
『置き配は、右側のガーゴイルの口の中にお願いします。
勇者様へ:討伐のご予約はWEBサイトのマイページから「侵略・防衛カレンダー」をご確認の上、空枠にお申し込みください』
「世界を救うのに予約が必要なのかよ!」
勇者が地面を叩いたその時、空から優雅なBGMと共に、一人の天使が降りてきた。第1話で会った労基署の天使だ。
「おや、まだいたんですか。今日は魔王軍の法定休日ですよ」
「天使さん! ちょうどいい、これ不当じゃないですか!? 敵がいないなんて、僕たちの遠征手当が無駄になっちゃう!」
天使はタブレットを操作しながら、冷ややかに答えた。
「無駄ではありません。むしろ、あなたたちのパーティが『魔王軍の休日』に出勤していること自体が、労働基準法における『振替休日なしの休日出勤』に当たります。是正勧告ですね」
「……あ、あの、天使さん」
魔法使いが恐る恐る手を挙げる。
「魔王軍が使ってる、あのSECOM(聖域警備)って、もしかして……」
「ええ。天界が100%出資している子会社ですよ。魔王軍様は『プラチナくるみん』認定も狙っていますからね。警備を自動化し、部下を旅行に行かせる。これぞホワイト経営の鑑です」
その時、魔法使いのスマートフォン(魔導式)に通知が届いた。
昨日、暗黒騎士から渡された「スカウト用QRコード」を読み込んでいたらしい。
「勇者……見て。暗黒騎士さんからメッセージが来た……。『今、露天風呂から上がったところ。ここのポーション入り温泉、バフ効果が永続でつくよ。福利厚生、最高。早くおいで』って……」
魔法使いの目から、一筋の涙がこぼれた。
「私、もう嫌……。なんで私は、このボロボロの杖で、無人の城をピッキングしようとしてるの……?」
「勝てるわけないでしょうがーーーー!!!」
勇者の叫び声が、SECOMの高性能マイクに拾われ、自動的に「騒音苦情」として地元の村役場へ通報された。
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