​勇者(手取り15万)「勝てるわけないでしょうが!」〜魔王軍はホワイト500認定、有給消化率98%の超優良企業でした〜

カナタ

第1話:聖剣のメンテナンスは自腹、魔王城の社食は無料


​【AM 2:42 勇者パーティの野営地】


​「……だから! 魔法使いさん! なんであそこで『メテオ』撃たなかったのさ! MP温存? 根性でしょそこは!」


​勇者の怒号が、冷え切ったキャンプ地に響く。

最強の魔法使いは、焚き火の煙で目を細めながら、ひび割れた杖を布で拭いた。


​「勇者、あんた簡単に言うけどさ……。私、フリーランスなの。この杖の修理費、1回20万ゴールドよ? 今日の報酬じゃ赤字。それに、最近魔力の使いすぎで指が震えるの。これ、たぶん職業病だけど、労災降りないから自費で教会通ってるんだよ?」


​「僕だって給料、手取り15万だよ! 聖剣の光熱費(聖光維持費)引いたら、残るのは干し肉代だけ! 世界を救うって、もっとこう、キラキラしたものだと思ってたのに……」


​二人の会話は、もはや討伐の作戦会議ではなく、深夜の居酒屋の愚痴と化していた。


​【翌日 PM 1:30 魔王軍・最前線砦】


​勇者たちは、魔王軍の幹部・暗黒騎士と対峙していた。


しかし、暗黒騎士の様子がおかしい。彼は剣を鞘に収め、スマートフォンのような魔導端末をチェックしている。


​「あー、勇者一行か。悪いな、今から**『リフレッシュ休憩』**なんだ。戦いたければ15分待ってくれ。あ、それと、うちの部下たちには残業させられないから、今は僕一人だ」


​「はぁ!? 戦闘中に休憩だと!?」


​勇者が叫ぶと、暗黒騎士は不思議そうに首を傾げた。


​「何を驚いている。我が魔王軍は**『ホワイト500(魔界優良法人認定)』**を3年連続で取得しているんだぞ。年間休日130日、完全週休2日。有給取得率は驚異の98%だ」

​「九……九十八……」


​絶句する勇者を余所に、暗黒騎士はカバンから「魔界健康保険証」を取り出し、最強の魔法使いに差し出した。


​「魔法使い殿。君の魔力波形をスキャンしたが、ひどい過労状態だ。うちに来ないか? **『高度専門職』**として採用する。社食はオーガのシェフが作るオーガニック料理が無料、さらに魔法の使いすぎによる精神汚染をカバーする団体保険も完備だ。もちろん、リモートワーク(遠隔魔法)も相談に乗るぞ」


​魔法使いの杖が、カランと音を立てて落ちた。


​【そこへ現れる「第3の勢力」】


​「はい、そこまでです」

​空から舞い降りたのは、スーツをビシッと着こなした天使だった。胸元には**『聖域労働基準監督署』**のバッジが光っている。


​「……あ、労基署だ」


​勇者が青ざめる。天使は手帳を開き、鋭い視線で勇者パーティを射抜いた。


​「勇者様。あなたのパーティの『雇用契約書』を見せてください。……ほう、契約書なしの口約束ですか。典型的なブラックギルドですね。魔法使いさんへの『偽装請負』、および最低賃金を大幅に下回る報酬……これは悪質です。今すぐこのパーティの業務を停止してください」


​「ちょ、待ってください! 今ここでやめたら、世界が魔王に支配されるんですよ!?」

​勇者の叫びに、労基署の天使は冷徹に言い放った。


​「世界が滅びる前に、労働法が滅びてはなりません。……魔王軍さん、そちらの『36協定』の控えを見せていただけますか?」


​「こちらです、天使様。健康診断の結果と、ストレスチェックのデータも添付しております」


​暗黒騎士が完璧な書類を差し出す。天使は満足そうに頷いた。


​「素晴らしい。やはりこれからは、ホワイトな魔王軍の時代ですね。勇者様、あなたには再教育プログラム(職業訓練)への参加を命じます」

​勇者はその場に崩れ落ちた。


隣では、最強の魔法使いが暗黒騎士から「入社案内のパンフレット」を食い入るように読んでいた。


​「……勇者、悪いけど私、転職するわ。魔王軍、退職金制度もあるんだって」


​「勝てるわけないでしょうがーーーー!!!」



​勇者の叫びは、整備された魔王軍の静かなオフィス(砦)に虚しく響き渡った。

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