第3話 出遅れとボディスラム




​ ジリリリリリリリ!!


​ 目覚まし時計が必死の叫び声を上げていた。


 しかし、私の意識は泥沼のような深い闇の底にあった。


 昨夜の「深夜の第12レース」による疲労、そして何より、ゴルシに食らった「究極・ネコキィィィィィィク」のダメージが深すぎたのだ。


 私は夢を見ていた。


 遠足のバスに乗り遅れそうになり、必死に走るけれど足がもつれて前に進まない夢だ。

 いわゆる典型的な「ゲート難」による出遅れである。


​ 現実世界では、私の腹の上に香箱座りして眠っていたゴルシが、とっくに目を覚ましていた。

 彼は腹時計(正確無比)により、朝ご飯の時間を察知していたのだ。


 だが、下僕(私)は一向に起きない。

 目覚ましが鳴り止んでも、ピクリとも動かない。

 ゴルシは不満げに鼻を鳴らした。


『フン』


 彼は私の腹から降りると、部屋の中で最も高い場所……私の背丈よりも高い洋服タンスの上へと、軽やかに飛び移った。


 そこから眼下の私を見下ろす。


 無防備に仰向けで寝ている私の腹部。


 そこは、昨夜のキックで弱っているバイタルエリアだ。


​ ゴルシは、タンスのへりギリギリに立った。


 狙いを定めるように、お尻をフリフリと振る。


 重力加速度と、推定体重六キロの質量、そして彼のきまぐれな殺意が計算式に組み込まれる。

 彼は躊躇ちゅうちょなく宙に舞った。


​「ニャァーーーー!!(いっけぇぇぇぇ!!)」


​ 落下する白い隕石。


 そして、私の腹部に衝撃が走る。


 これぞ、ウララ命名・ゴルシの必殺技その2。


​「おはようのボディスラァァァム!!」


​「ぐっ、えぇぇぇぇっ!!??」


​ 口から空気が強制排出される音と共に、私はカエルのような声を上げて飛び起きた。


 激痛……内臓が破裂するかと思った。


 鳩尾みぞおちに昨夜のキック、下腹部に今のボディスラム。私の腹筋はもう限界だ。


​「な、なにするのよゴルシぃぃ……!!」


​ 涙目で抗議する私を無視し、ゴルシは「仕事は終わった」とばかりにドアの前で待機している。早く飯を出せ、という無言の圧力だ。

 私は痛む腹をさすりながら時計を見た。


 集合時間まで、あと二十分。


​「嘘!? やばい、遅刻する!!」


​ 私はパニックに陥った。


 ここから学校までは走って十五分。


着替えと準備を含めたら、もう「差し」や「追い込み」が届くレベルではない。逃げ切るしかない。


 私はキッチンへ転がり込み、ゴルシの皿にカリカリを山盛りに注ぐ(これで彼は満足して寝るはずだ)。


 そして冷蔵庫から、昨日のうちに下ごしらえしておいた『特製ニンジン型ハンバーグ弁当』をひっつかみ、リュックにねじ込んだ。


 オグリくんへの愛が詰まった弁当だ。これだけは忘れてはいけない。


​「行ってきます!!」


​ 食パンをくわえる暇すらない。私は玄関を飛び出した。


 通学路を全力疾走する。


 いけ、私! 私の末脚を見せてやるのよ!


 しかし悲しいかな、運動神経の鈍い私の走りは、気持ちだけが空回りして前に進まない。


ドタドタと重たい足音が響くばかりだ。


 心臓が破裂しそうになりながら、なんとか学校の校門が見えてきた。


 校庭には、すでに大型バスが待機しており、生徒たちが乗り込んでいる最中だった。


​「セ……セーフ……ッ!!」


​ 息も絶え絶えにバスのステップを上がる。

 私の目は、すぐさま車内をスキャンした。

 探すのは一点、オグリくんの隣の席だ。


 オグリくんは……いた! 後ろから三番目の席。


 しかし……その隣には、すでに先客がいた。


 ポニーテールを揺らし、勝ち誇ったような顔で座っている小柄な少女。

 私の恋のライバル、タマモ(本名・黒須くろす 玉藻たまも)ちゃんだ。


​「あんた、遅いで。ゲート(ドア)が開いた瞬間にダッシュせなアカンて言うたやろ?」


​ コテコテの関西弁で、タマモちゃんがニヤリと笑う。

 その横で、オグリくんがのんびりと手を振った。


「おっすウララ、ギリギリだったな。腹減らねぇか?」


​ ……完敗だ。


 朝の出遅れが、ここで響いた。


 私は悔し涙を飲み込みながら、オグリくんの真後ろの席へと力なく座り込んだ。


 窓の外を見ると、空は憎らしいほどの快晴。


 ゴルシめ……あのボディスラムのあと、家で腹を出して爆睡しているに違いない。


​ バスのエンジンがかかる。


 私の遠足は、波乱含みのスタートとなった。


 でもまだだ。まだお昼のお弁当タイムがある。


 リュックの中の『ニンジン型ハンバーグ』を握りしめ、私は逆転のチャンスを狙って闘志を燃やした。


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