最終話 大食いオグリと通り雨
バスから降り立つと、そこには一面の緑と、目が痛くなるほどの青空が広がっていた。
みどり牧場。
風が心地よく吹き抜け、遠くで牛たちがのんびりと草を
完璧だ。これぞ「日本晴れ」
自宅の警備隊長・ゴルシは、今頃きっとリビングの真ん中で、真っ白なお腹を天井に向けて爆睡しているに違いない。
ありがとうゴルシ。昨日のキックと今日のボディスラムの痛みは、この青空のためにあったのね。
「よーし、お昼だぞー! 班ごとにまとまって食べろー」
ユタカ先生の号令と共に、私たちはレジャーシートを広げ始めた。
ここが勝負の分かれ目だ。バスの席はタマモちゃんに奪われたけれど、お昼ご飯こそは……!
「オグリくん! ここ、シート空いてるよ! 一緒に食べない?」
私は勇気を振り絞って声をかけた。心臓が早鐘を打つ。
リュックから取り出したのは、少し形が崩れてしまったけれど、愛情たっぷりの『特製ニンジン型ハンバーグ弁当』だ。
オグリくんは、私の弁当箱を見て目を輝かせた。
「おっ、ええのけ? 腹減って死にそうやったんや!」
やった! 作戦成功!
オグリくんがドカッと私の隣に座る。
私は震える手でお弁当の蓋を開けた。
「あ、あのね、オグリくんが好きだって言ってたから、ハンバーグをニンジンの形に……」
「いただきまーす!!」
私の説明は、彼の合掌によって遮られた。
オグリくんの箸が、目にも止まらぬ速さで伸びる。
パクッ。
一口だった。
私が徹夜で試作し、朝のドタバタの中で死守したハンバーグが、文字通り「瞬殺」された。
「うめぇ!!」
「えっ、あ、うん……味わって……」
「足りねぇ!!」
オグリくんは私の弁当箱の中身(ご飯、卵焼き、ブロッコリー含む)を掃除機のような吸引力で吸い尽くすと、空っぽになった箱を私に返した。所要時間、約三十秒。
あ然とする私の前で、彼はキョロキョロと周囲を見渡した。
「もっとねぇか!? エンジン掛かってきたわ!」
「ちょ、待てオグリ! ウチのたこ焼き狙うなや!」
隣にいたタマモちゃんが悲鳴を上げる。
しかし、オグリくんの箸は止まらない。
タマモちゃんのたこ焼きを奪い、さらには巡回に来たユタカ先生の重箱の隅の唐揚げまでもを、鮮やかな手際で掠め取っていく。
その姿は、まさに
色気もへったくれもない。ただそこにあるのは、純粋無垢な食欲のみ。
「す、すごい……」
私が半ば引き気味で呟いた、その時だった。
ポツッ。
冷たいものが頬に当たった。
見上げると、さっきまで快晴だった空の真上にだけ、不自然な黒い雲が湧き出していた。
遠くから、ゴロゴロ……という低い音が聞こえる。
あれは雷鳴ではない。聞き覚えがある。ゴルシが特大のあくびをした時の喉の音だ。
「え、嘘……雨!?」
「うわっ、降ってきたぞー!」
「撤収、撤収ー!」
牧場は大騒ぎになった。
バケツをひっくり返したような通り雨が、私たちを襲う。
狐の嫁入りならぬ、馬の嫁入りだ。
(ゴルシ……! あんた、起きて顔洗ったわね!?)
私たちは慌てて屋根のある休憩所へと駆け込んだ。
雨宿りをする軒下で、濡れた髪を拭きながら、オグリくんが私の隣でふっと息をついた。
「いやー、食った食った ♪」
彼は満足そうにお腹をさすっている。
そして、ニカッと屈託のない笑みを私に向けた。
「ウララの弁当、一番うまかったわ。
ハンバーグ、また作ってくれよな。
今度は三倍の量で!」
……ドキン !
雨音にかき消されそうなほど小さなときめきが、私の胸に走った。
三倍……
それはつまり、また作っていいってこと?
色気はないし、雰囲気も最悪だったけれど、私のハンバーグは彼の胃袋G1級には届いたらしい。
「う、うん! 任せて!」
私は顔を真っ赤にして頷いた。
空にはまだ天気雨が降っているけれど、私の心には虹がかかった気分だった。
◇
遠足が無事に(?)終わり、私が家に帰り着いたのは夕方だった。
「ただいまー。ゴルシ、あんたのせいで雨降ったんだからね……」
文句を言いながら玄関のドアを開けた私は、言葉を失った。
玄関のタイルが、泥だらけだったのだ。
そして、その泥の足跡の先に、茶色く変色した「元・白い塊」が座っていた。
「ニャァ(飯)」
ゴルシだ。
全身泥まみれ。葉っぱや小枝を毛に絡ませている。
どうやら彼は、私がいない間に窓の鍵を器用に開けて脱走し、近所の公園かどこかで一暴れしてきたらしい。
顔を洗ったどころの話ではない。
彼が局地的に発生させた豪雨の中、泥んこ遊び(重馬場適性◎)を堪能して帰宅したのだ。
「……ゴルシぃぃぃぃぃ!! お風呂よぉぉぉぉ!!」
私の絶叫が響き渡る。
ゴルシは再び「ヒヒーン(ニャニャーン)!」といななき、泥だらけの体でリビングへと逃走を図った。
明日の天気は晴れるだろうか。
私の恋も、この暴れ馬(猫)との生活も、まだまだ波乱万丈の日々が続きそうだ。
でもまあ、降水確率0%の人生なんて、つまらないかもしれない。
私は泥だらけの床をスライディングしながら、愛すべき相棒を追いかけた。
── 終 ? ──
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