3.運び屋
「こちらムーラ・ピザハウス。どうぞ」
「こちら歩兵第15連隊文屋道賢大佐。演習中だ。ピザ屋は呼んでないぞ」
「マジかよ」
群馬に帰れよ。と毒づきながら、ムーラは返す。
「演習の通知はなかったぞ。どういうことだ」
「答える義務はない」
「くそ、エレベーターから出る。撃つな」
そう言ってムーラが外に出ようとする。そこにミラグロスが通信を入れる。
「下にこもった方がいいんじゃないっスか?」
「生き埋めかケーブルが切れて潰れるかの二択でもしたいのか? 相手絶対小銃なんかじゃ利かない火力発揮できるぞ」
「訂正するっス。賛成します」
「賛成してくれてうれしいよ」
ちら、と津守の方を見ると、渋面を作っている。ここで格好よく戦うとかしないのあんたら。という顔。
「勇気を出したり引っ込めたりするのは真の勇気じゃない、とかいう言葉があるだろ」
「そんなのがあるの?」
「数秒後には死ぬとわかっていて挑みかかるやつ、どう思う?」
「控えめに言ってバカだと思う」
「だろ」
「引き渡すって事?」
「要求されてないんだから同行者ってことにしておけばいいだろ」
「……なるほど」
そう言って、ムーラ、ミラグロスともに武器をスリングでつるしたまま手を出して出て行く。遅れて津守も出るが、うそ、と短くつぶやいていた。
「動くな」
通信機から声がする。電波の到達時間の差でおおよその距離がわかり、疑似的にその方向から音がしたようにする音響技術で方角と距離が分かったが、かなり遠い。軍用の電磁投射砲、つまり携行用レールガンでこちらを狙っているのだろう。その気になれば軌道上から地表を狙えるような兵器だ。
とはいえ、大型のスラスターユニットと一緒にしないとそういう事はできないのだが。
「はいはい、動きませんよ」
しかしまあ、大仰なことだ。無言で俺とミラグロスを吹き飛ばせば済むだろうに。というのが率直な所感である。あるいは「どれが荷物か」わからないという事だろうか。
法的根拠がある文書、つまり『津守未来の足は官有物であり、引き渡すこと』と言われてしまえばそれなりに問題が出てくる。引き渡して法廷闘争という事になるだろうが、そうなるとムーラの依頼は期限内には終わらないだろう。
(血を一滴でも垂らせば全財産を、で通るかな)
足を外して人間の体の方には用がない。と言われても困るが、今時シェイクスピアもあるまい。とムーラは考える。撃ってこないのは不思議だ。撃って奪えばそれでいいはずなのに。
いや、ハズレでも撃ったら困るという事か。あるいはバイタルがなければジョニィユニット、記憶ユニットが破損するという事か。人間とセットで冬眠させておいたモラリストのせいでとんだ迷惑だ。と考えてしまう。
待てよ。あのハードスーツの通信機の仕様はどうなっていた。複数受付可能となっていたが、通信の片方を意図せずに切らないと両方に音声が流れるという事か。そう考えて、つなぐ。
「津守未来」
「……何?」
「足を切り離すとどうなる?」
「私が歩けなくなる。ってこと以外でどうなるか、って聞いてるって解釈であってる?」
「その通りだ」
そうして、考えが間違っていないことを得心した。音声が二重に、そして遅れて聞こえてくる。共通周波数帯。つまり赤の他人と会話するためのバラージ送信を行う通信プロセスと、個別通信を行う通信プロセスがタイムスライスで処理されている。少なくとも津守未来は両方こちらに音声を送っている。それは理解ができた。たぶんこれで意図した状況になっている。
「反物質で吹っ飛ぶって聞いてる。本当かどうかは試してない。試す気になると思う?」
「なるほど。つまりそれは足の記憶ユニットもか」
「ええ。あとはあなたたちも」
「ありがたくないお言葉ありがとよ」
そう通信をぶちまけて、これで俺たちのガラではなく、中身のデータに用があるのなら引き下がってくれる。引き下がってくれ。そうムーラは念じる。
「……速やかに指定の演習区域から出て行くように」
「感謝する」
やれやれ。そう考えながら、手を下ろしてミラグロスの方を向き、津守の方を向き、口を開いた。
「帰るぞ。家に」
「あれ依頼主のとこに行かねえんスか?」
「いったん戻ってからでも間に合うだろ」
そう考えながら、地図情報を見ながら演習区域を最短で突っ切っていくにはどうするべきか。そう考えながら本拠地、鬼界カルデラ居留地に足を向けた。
「いやいや、焦ったっスね」
「まあ相手が冷静で助かったよ。それか親父の同士かなにかで先走って取りに来て何かしら主導的な立場になろうとしたんだろうな」
はあ、とムーラとミラグロスはつぶやいて、ひいひい言いながらついてきている少女を立ち止まって待っている。
「二人とも歩くの早すぎ……」
「……まあ、本拠に戻った方がよかっただろ。行動プログラム用の入力ソケットとかFCSユニットとか入れないととても旅程に耐えんだろ。これは」
「そうっスね。日本列島縦断、東京への旅みたいなもんでしたし」
「えっ、車両とかないの?!」
「密輸だぞ。あるわけねえだろ」
「あいつらがあんた直接取りに来て無い時点で察してほしいっスよ」
「……あんたらフルボーグは良いだろうけどさぁ」
「まあ途中までは弾道飛行での郵便に便乗できるから」
「イカれてんの?」
「まあだからハードスーツ着せてるんだよ」
「……なるほど」
実際にどうやるかと言うと、途中の都市までは地表に弾道飛行で投下して郵便局員が取りに行くことになっている。当然そうした郵便局員は武装しているので、途中で事故に見せかけて離脱して、着陸してずらかる、ということになるわけだ。
「どっちみち俺たちはともかく、ハードスーツ用の着陸ユニットがないから帰らざるを得んだろ。報告しておく」
「まー確実に赤い花が咲くことになるっスからね」
「あんたら本人目の前にしてよくそんな会話できるね」
荒い息を吐きながら、呆れたように津守は二人に向けて言う。いやまあ。という言葉とともに、ミラグロスは言った。
「だってそこ偽ったってしょうがないっしょ。やらない理由なんだから」
「そうそう」
こいつら本当にムカつく。そう津守未来はうなるように言って、はた、と気づく。
「まあそうだけど。ところで、街に入らないの?」
「君、鬼界カルデラ居留地の市民権持ってるの?」
「え、それってつまり」
「はーい、密入国しまーす」
楽しいね。とムーラはおどけて言う。顔面神経麻痺の発作が起きたような表情を津守はしていた。
「え、じゃあ私不法移民って事?」
「一年居住実態があれば市民権は取れるよ」
「まー、あたしらが正規の市民権持ってるっスから滞在そのものは入ってからは問題なくできるっスよ」
少なくとも二人が身元引受人になれば準市民権はすぐ取れる。滞在許可はもっと簡単だ。と続けた。
「じゃあ普通に入ればいいじゃない」
沈黙。え、まさか。と二人の顔を見る。ぎりぎり人とわかるような造作がついているフェースプレートは笑っているように見える。
「正規の手段で外に出てたらな」
「……あー。あー。私がバカでした。はい。どっから入るの?」
「熱放出シャフトからだな。まあ少々鼻薬を役人にかがせりゃ安全に入ることができる安全なルートってものがあるんだよ」
どこも役人ってのは賄賂に弱いんだなあ。とあきれ顔を、津守は作っていた。
鬼界カルデラというものがある。日本において一度文明を滅ぼした火の山。とはいえ、そんな山の姿、山体は陸からは見えない。地球が今の真っ白い球に変じる前であったとしてもである。どこにあるのかと言えば、海の下にあるのだ。
分厚い氷の層を抜け、海底から出てくる地熱を吸いあげてエネルギーとし、都市として運営されている、人類がしぶとく生き残っている居留地。もとは巨大な粒子加速器を建設する場所がなく、地熱でエネルギーを得るとともに、地主との揉め事なしに建造しよう。
という計画の結果であったらしい。とはいえ、凍る前後でそうした粒子加速器周辺に海底都市が出来上がり、その地熱を利用して食料が生産され、そうして人が集まってできたのがこの鬼界カルデラ居留地である。
全長60kmに及ぶ地球上においては超大規模な粒子加速器の内側すべてを使っているわけではないが、発電設備周辺に居住モジュールを付け足して、付け足してを繰り返して、最終的には巨大なドーム状の都市国家が成立した。というものだった。耐圧のための区画が大きいため、実際の面積はそれほどでもないが、だいたい10万人が農業区画などを除いて暮らしている。
日本周辺では東京を除いて10本の指には入る都市である。とはいえ、半分都市国家のようなもので、軍事力を含めた強力かつ広範なな自治権をもっていた。
こういうことが可能になったのは、宇宙植民が本格的に開始され、常時1G加速を可能とする近光速船の開発と、超光速航法のその後の開発によって極限環境に暮らす技術のフィードバックが得られたからである。
もっとも、そのフィードバックにしたところで失敗に終わったものもあり、その結果の大惨事が真っ白い地球で、成功例がこうした海中都市なのだあが。
都市に入ってきた津守未来は、ハードスーツのヘルメットを取る。コスプレ会場以外で宇宙服を着て歩き回っている奴が居た場合、まあそれはそれは大変な好奇の視線を浴びることになるだろう。とはいえ、セーラー服なのでそれはそれでいかがわしいにおいがあり、不法入国である以上、望ましい事ではない。
こそこそと街中を歩くが、薄暗い街中にネオンサインが輝いており、潤沢なエネルギーがあることが分かる。そうして、道端には寝ている浮浪者と猫がいた。猫は太っていて、獲物か余禄がたっぷりともらえているという事を示している。発砲音が何度もすることから治安がいいとはたぶん言えないが、活気のある都市とは言えるだろう。間違いなく。
「サイボーグばっかり……」
フルボーグと俗称される全身換装型、つまりムーラやミラグロスのようなタイプの人間はさすがにそう多くはないが、みなどこかしらを機械化している。
それを外部から補助するための骨のようなフレーム、つまりパワードスーツも普及していた。腕が例えば300kgのバーベルを持ち上げられるようになっていたとしても、その根元の固定部分がそれに耐えられるとは限らない。そこで外骨格が骨格に対する負担を肩代わりをする。そういう風になっていた。
「そんなに珍しいんスか?」
ミラグロスはそう津守に問う。少なくとも鬼界にやってきてからはこれが当たり前の側からしてみれば、物珍しそうにいろいろな人を見ているのは逆に新鮮と言えば新鮮だった。
「私の生まれたころは珍しかったから……」
居ないことはないが、じゃあそれが外から見て機械だとわかる。となると珍しい。と言うところだった。まあ今はサイボーグならサイボーグとわかるようにしてないと逆に危険だから、という事も言われた。
「さて質問っス。パンチしたらそこらの人間が床のシミに変わる腕をつけてるやつが居たとするっスよね」
「あ、なんか話が見えてきた。つまり武器を隠匿してるのと変わらないのね」
「そっス。フルボーグどうしなら泥仕合で済む殴り合いでも」
「部分サイボーグかそれ以外なら肉体部分が致死的ダメージを負わされる」
「正解っス。頭がよくて助かるっスね」
「……ありがと」
この辺はちゃんと説明しないと同志津守も困るだろうからあとでちゃんと説明するっス。と言ったあと、うっそりとムーラが後ろを向いて、腕を上げた。
「ようこそ。我がむさくるしきムーラ・ピザハウスへ」
そういって、本当にピザの形の電飾。サラミまで載っているそれを掲げ、ラバがおいしそうに糸を引くチーズピザを食っている看板の店の中に入っていった。厳密には、横の階段に。
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