2.荷物

「はー、めんどくさ。これ起こして連れてこいってことっしょ?寝かしといたままの方が楽じゃないっスか」


「言うなよ。俺だってうんざりしてるんだから」


うわー、だるいなあ。という二人の職業人としての本音があちらこちらからでろでろと漏れ落ちていた。できないわけでもないが、それはそれとしてイヤ、という仕事にはよくあるものである。

いや、しかし。と男は考える。


「なるほど、起こして運んで来いってわけだな」


「あー。なんかわかったっスか」


「冬眠設備でわざわざ機械化した足まで入れてるだろ。整備措置ができるようになってるし、実際マイクロマシンが動いてるわ」


「はあー。てことは下手に機械から切り離すと足が台無しって事スか」


「だろうな」


「他人だからどうでもよくないスか。適当な足あてがうでしょ。メトセラはクソ金持ちばっかなんスから」


「大方中身に用事があるってこったろ」


「あ、ジョニィユニットついてるっすね。なんか運んでたのか、この女」


大昔のSF小説に由来するストレージユニットのことをジョニィユニットという。記憶や情報を運ぶ媒体のことをさし、アルゴンガス封入で多重防振措置がされた石英ストレージが入っている。それを初めて出した会社がシャレでつけたのがジョニィユニットである。


「なおさらめんどくせえな。たぶん殺すとあれの保護殻が壊れるって寸法だろうな」

指をさした先には、足を動かす為の発電ユニットがついている。反物質を使用したものが。


「反物質リアクターユニットかぁ。はぁー。そりゃ冬眠させるわけだわ」


超めんどくさい女じゃないですか。というのがミラグロスの偽らざる感想だった。事故って死んでてくれたらダメでしたわワハハで終わってたのに。という一言だった。


「じゃ、カード入れるね」


「……セクハラくせぇこと言わないでくださいよ」


「何が……あ、ああ!違う違う。そういう意味じゃない」


「知ってるっス」


「……殺すぞテメー」


「なんすかー、やるっスか」


アホな会話を二人して繰り広げる。ミラグロスはボクシングのジャブをするようなアクションまでしていた。


「……はひが」


目を覚ました少女が体を起こそうとして、激しくせき込んでいるのが見える。言葉も不明瞭。言語野がやられた、と言うよりは超長期間にわたって言語を発さなかったがために何かが張り付いている、と言う様子に見えた。


「おはよう。今年は西暦3023年8月だよ。日付や曜日も要るかい?オレンジジュース飲む?」


目を覚ましたばかりの少女から正気を疑う目を向けられているのを、ムーラは感じた。音声ユニットの声が不自然だったかな。とミラグロスの方を見た。沈黙。何とも言えない空気が漂う。


「冷凍冬眠から目覚めたらオレンジジュースを飲むのが定番だろ。移民船なら」


「今時やんないでしょ。冷凍冬眠」


「そうか。そういえばそうだったな」


「といってもひょっとしたら植民船からおいて行かれた子かも」


「なら知ってるか」


そういって、バックパックから濃縮還元のジュースパックを取り出し、原子力電池の水分の外部出力の口金を当てる。しゅっ、という音とともに水が混合され、飲める状態に戻った。プラスチックの蛇腹ケーブルのように水が入るとともに伸びた容器をしゃばしゃばと振り回して、手渡す。


震える指でそれを受け取り、飲み干すと。


「まずい」


「そりゃ高級品じゃないからな」


安物だけど我慢してくれと言った方がよかったか。とムーラは言う。


「俺はムーラ。向こうのアバズレはミラグロス」


「セックスなんかできないんだからアバズレになる余地なんかないですよ。師匠のシニョールムーラ」


「ありがとよ、お嬢さんシニョーラ


その二人のやり取りを見て、少女は言った。


仮装大会ハロウィンパーティか何かの帰り?からかってるの?」


ムーラとミラグロスは存在しない顔を見合わせる。むろん、簡単な個人識別程度のフェースプレートははまっているが、本来はお互いもっと優雅な顔をしている。ホログラフィックで映像を流したり仮想的な顔を表示したりもできる。アイデンティティがファッションになっている時代だからだ。


「皮肉を言う元気はあるんだな。え? あんたは荷物。俺らは運び屋。引き渡し先は大金持ちだ」


「ウリの誘い文句か何か?」


「売春させられるかどうかなんか知らない。まずそんなことにはならないだろうし、どうせ引き渡し先はインポテンツ、勃起不全だ」


「なんで知ってるの」


「親父だからだよ」


いや本当に勃起不全インポかどうかなんかはしらないが。と付け加える。まじめが過ぎて精神的にインポってことだ。とムーラは繰り返した。なるほど、と少女は言う。だんだんムーラは不機嫌になってきた。


「同意しないと言ったら?」


生意気な口がきけなくなるまでボコボコにして殴って簀巻きにして連れていく引きずりまわしてやる。クソも小便も宇宙服の中に垂れ流すし、飯も一切やらない」


本気の脅し文句とまではいわないまでも、一気に剣吞な空気が漂う。ムーラの銃がかちゃりと鳴った。それを見て、ミラグロスは少し慌てる。


「ちょっと、師匠シニョール


「その方が楽なのは知ってるだろうが、お嬢さんシニョーラ?え?」


「その時は自爆する」


沈黙が落ちる。機械の足。フレームがむき出しで、反物質リアクターがふくらはぎから突き出しているそれは、間違いなく3人を消し飛ばしてあまりあるものだ。


「ジョークじゃない」


そういうのはもっと楽しいときにやることでしょ。と少女は続ける。自爆を失敗した間抜けだけど生きてるなら二回目は失敗しない。という一言が発せられた。銃を音もなく向けていた二人は、ややあって銃を下げる。


「……オーケイ、仲良くしよう」


「雰囲気がよくなる要素あった?」


「しないと俺たちが吹っ飛ぶだろ?」


「そうね」


ミラグロスがムーラの肩に肘を置きながら笑って言う。なるべく緊張感をほぐすためだろう。


「師匠は友達作りがヘタな元クソ金持ちメトセラだから」


「黙れ」


「昔なら町一つ買えたのに今じゃピザ屋を一軒経営してるだけだからね。馬鹿な人っスよ」


少女は二人を見て、続けた。


「ピザを担いでるようには見えないけど」


「まあ副業でピザ屋をやってるのは本当っスよ。今は本業の真っ最中。お名前は?チーカ」


「チーカ?」


「お嬢さんってこと。フロイライン、レディ、あー……思いつかないな。何でもいいけどその……男ってわけじゃないんでしょ?たぶん。きっと」


しらねーっスけど。とミラグロスは続けた。


「津守未来」


「ミライノツモリってことか?」


「そのからかい文句を食らわせたやつは蹴飛ばすことにしてた」


「蹴らない理由は?」


「あんたたち蹴ったところで私の足が壊れるだけでしょ」


修理代がかかるだけじゃない。もったいないし、なにより壊れた足で歩かされたくないだけ。と津守は言った。


「……オーケイ。サイボーグ同士仲良くしようじゃないか。同志コンパニェーロ津守」


ムーラはそう続ける。お互いに冷静になって、相互に姿を見る余裕が生まれた。津守は改めて見た後、フルボーグか。速まらなくてよかった。

と冷凍冬眠装置に腰を下ろした。まずいオレンジジュースを飲みながら、なんでまずいのか、と思ってボトルの中を見ている。揺れる髪は燃えるような赤毛だった。目は緑色。顔の特徴を見る限り日本人だが、色素が薄いのだろう。唇が紅も引いていないのに赤い。髪は後ろで緩く一本にまとめてあり、襟の青いセーラー服を着ている。ズボンはおそらく履けないのだろうから、下はスカートだった。待てよ。という事は脱いでもらわないとハードスーツが入らないな。と考える。なるほど、だからハードスーツに太ももで分割ラインがあったのか。とムーラは納得した。


ちゃんと依頼主、つまりはムーラの父親は運ぶ対象にあったものを渡すくらいには状況を理解して装備を支給していた。自分でやってもいいはずだが。そう考えてしまう。


 それはさておき、前提を共有したい。として、ムーラは津守に水を向ける。


「いつの生まれだ」


「2612年」


それを聞いて、ムーラは立ち上がった。ミラグロスは、というとえらい年寄りのばあさんだな。とのんきな様子だ。


「氷河期前の生まれか」


「あらそうなんスか?」


アホペンデハ。テラフォーム失敗の前後の時代だぞ、基本中の基本だろうが。だから一本立ちできねえんだ、お前は」


「する気も無いっスけどね」


「氷河期?……そんなことになってたの?」


ああでも、やっぱりそうか。と二人の姿を見て応じた。なるほど、だから全身サイボーグなのか。という感覚。


「それで?どこまで凍ったの?」


「どこまで?」


ハハハこの女おもろい事ぬかしよるわ。とミラグロスは言う。何がおかしいのか、津守未来は理解ができない様子で小首をかしげる。


「寒冷化って言っても限度があるでしょ」


「赤道まで凍ってるよ」


「は?」


「上は窒素と酸素、後水かな。いろいろ混ざったのがあって、赤道までそれがぜーんぶ覆ってる。時々酸素の雨も降るよ。すぐ凍るけど」


だからあたしらは原子力電池で切り出した凍った大気を溶かして吸ってきたんだ。とミラグロスは言う。


「は?は?冗談でしょ?」


「何、当たり前のことじゃん。あんた婆だからってもの忘れかなんかっスか?」


「よせよ。婆に本当のことを言うな。ボケが入ってんだ」


「……この馬鹿二人……壊れてもいいから蹴りたくなってきた」


しばしの沈黙。足をぶんぶんと振って見せて、ムーラは言う。


「やめろ。歩いてもらわないと困る」


「なら説明して。省略してもいいから」


「そうだな……再テラフォーム計画についてはどこまで知ってる?」


「報道されてた程度は」


「端的に言うと大失敗した」


「素敵。その結果をすぐみられるってわけ?」


「その目でな。緑色の素敵な目で。まあそれは良い。まあざっくり言えば……寒冷化用のフォン・ノイマンマシンで作るミラーが浮かんでただろ。太陽の熱を吸収するためのあれだ。軌道上のアレが見えてたかは知らないが」


太陽を遮る大規模なミラーを衛星をフォン・ノイマンマシン、つまり無限に増えるマシーンで構築し、意図した通りに浮かべようとした。というのがまず第一歩だった。温暖化をより穏やかなものにする計画だ。硫化物の散布計画もあったが、こちらは酸性雨の深刻化が懸念されて却下された。


「……見えてた」


「よろしい。まあ……大暴走して、あちこちのコロニーや軌道上の移民船を食い散らかした挙句、軌道を覆って最後の秋を境に1年くらい完全に覆っちまった。そこまではいいな?」


「実際、1年の冬のころに育ったから知ってる」


火星から来た艦隊が撃ち落として大被害が出た。と津守は言った。へー、火星艦隊が。とミラグロスは言った。知ってろよボケ。とムーラは冷たい視線を向ける。


「詳細は省くが、温暖化計画がいくつかあったが、功を奏さず、負のフィードバックループが起きて、結局全部凍った」


「……ウケる」


「現実だ」


「思いやりとかないの? 3023年にいきなり来た2612年生まれで16歳の女の子に対する配慮とか!」


「荷物の中にあるか?ミラグロス」


「ねえっスね」


「あんたたちのジョークのセンスは最低よ」


「褒められた」


「黙れこのボケナス二人組!」


「言われてるぞ」


「師匠のほうでしょ」


「……本当に……もう……イラつく!」


「それに訂正することがある」


「何!」


ややあって、ムーラは言う。


「お前の歳は411歳。つまりぶっちぎりのババアだ」


「……そのネタまだひっぱるの?」


「とんでもない。俺は数字の間違いを見つけると親切に指摘したくなるんだ」


「やめて」


「アイアイキャプテン」


さて。とムーラは膝を叩く。硬質な音がした。


「さあ、3023年はまだこれからだ。美しい夏の日を堪能しようじゃないか」


プリブリーズを必要としないハードスーツを、ムーラは津守に放り投げる。同じ硬質な音がした。


「結局、何を運んでたんだ?」


「……え?」


「そのジョニィ君だよ」


「……一応私だってプロの運び屋なんだけど」


「よせよ。411歳になって死体に義理立てするのか?」


エレベーターの音だけがする。来た時と同じくらいの時間がかかる。そういうものだった。


「粒子加速器の起動キー」


「ほー。そりゃまた。どこの?」


「知らない。ジョニィユニットを外すはずが……」


「はずが?」


「拉致られて挙句411歳のババア呼びされるハメになってる」


「そりゃまた」


「皮肉って通じる?」


「都合の悪い事は右から左に通り抜ける耳を入れててね」


「……ホントに殴ってやりたい」


「やめといた方が良いっスよ。銃弾食らったらあんた本当にシワシワになるから」


「……わかった」


はー。このボケナス二人組。と津守は毒づいた。そうして、ミラグロスは顔を上げる。


「お、センサーの電波入ったっスよ」


「撒いてたやつか。どうなってる?」


「……足音がいっぱいするっスね。お友達みたいっスよ」


「こんなところにか?」


「スカベンジャーかも」


氷河期前の遺跡を掘ることにかけては熱心な連中のことをスカベンジャーと呼ぶ。氷河期時代では地表に上がる数少ないプロだ。


「街から離れすぎてる。連中のイグルーもなかった」


「見えた範囲ではっスよね」


「どっちにしろ連中ならハジく可能性がある。共通周波数帯に合わせろ」


立ち上がり、機械の横に立つ。銃に無言で弾薬を装填した。


「弾薬は確認したな?」


「サイボーグ用。炸裂弾。問題ねえっス」


「こっちもだ。ああクソ。厄日だな」


「何がっスか?」


「金がかかる」


「ちげえねえっスね」


「ちょ、ちょ、何?」


津守未来は混乱し、立ち上がって中央でうろうろしている。裏家業をするにしても、鉄火場には慣れていないのだろう。ムーラは腕を引っ張り、後ろに立たせる。


「……くそ、バカ!俺の後ろに隠れてろ」


「う、う……うん」


「銃は持たせないんスか?」


「予備は?」


「あー……9mmなら」


「サイボーグにゃ通用しねえだろ。持ってない方がマシ、撃ったらキレさせるだけだ。俺らならともかく」


「っスね。すんません。一応サイボーグ用なんスけど。あんただとFCS入ってねえからダメっス」


悪い、お前に渡す銃はない。と二人で会話して、津守未来に言う。

扉が開く。空気が抜けていく。地獄の白い大地、3023年の地獄が彼らを待っていた。









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