スノウボール・アース&ピッツァ・デリバラーズ

小藪譲治

1.ミーツ・ガール

 西暦3000年代になったので、ここで地球のスケッチを一つ。白い紙に丸を描いて終わり。ちょっと絵心のある人ならデコボコを描くかもしれない。虚空の女王、月より白い。オーケイ。2000年代からやってきた連中は何がどうしてそうなったという事を聞きたいかもしれない。

ロマンもくそもない理由だが、悲しいことに、地球のテラフォームが失敗した。人類はどうしてるかって言うと、順調に火星や金星、もっと遠い木星の衛星やら、さらに遠く、アルファ・ケンタウリやらプロクシマ・ケンタウリ、シリウス、その他いろいろなところに移民している。もっと遅くに進むはずだった流れが促進されただけのことだった。


 で、人類が生き残っているかというと、縋り付くように生きていた。時折降る青い酸素の雨と、窒素と水と、その他もろもろがごってり固まった氷河が覆った、圧力で凍結しなかった海のさらに下、地熱を発する場所に。


で、そんな人類が前非を悔いて地球に贖罪をしよう、なんてしているかと言うと、ぜんぜん懲りていなかったし、今でも殺しあっていた。




「試験孔があるのに放棄されてるんだな」


男の声が通信機から響く。大気すら凍り付いた世界において、音声を伝えるには電波が必要で、変換システムは組み込まれている。ヘルメットではなく、機械化された体に。


「おかげで爆薬を運んでこなくて済むじゃないですか」


そう男に聞こえるように女の声がした。風でたなびいたりしないように骨の入った太陽光を遮蔽するフード付きの足首まであるケープを着けた男女二人の装束は、黒いドライカーボンそのままのつるんとしたものに見える。機能面では外装部分がそのまま視覚として機能するためのレイヤーがあり、熱を外部に逃さないための遮蔽レイヤーもあるが、黒い人影が動いているだけにしか外部からは見えない。過酷な世界に適応するために、彼らは全身を、脳髄と脊髄の一部を除いて完全に機械化していた。


むろん、酸素やエネルギー供給は必要なため、原子力電池を使った酸素・電源供給システムと、自動化された糖代謝系が彼らを生かしていた。凍った大気を切り出して放り込めば、崩壊熱だけを伝える遮蔽コアが凍った大気を溶かしてある程度選別して酸素を供給し、電源を原子力電池が供給するシステムになっている。

その二人の人影は、大気無き地表からエレベーターを使って深く深く入っていく。電源が生きている。不穏なサインがしこたまある。警戒しなくてはいけない。とはいえ、深く深く潜っていく関係上、10分程度はかかる。空気が入ってくる音。与圧されている。という事は地下は大気があるということだろう。


「シニョール・ムーラ。なんでハードスーツもってけっつったんですかね、依頼主」


「チーカ・ミラグロス。何かいるんだろ。何かがさ」


そうして、その何か、というか誰かを持って来い。というのが依頼内容である。RFIDタグを埋め込んだキーカードまであった。


「行方不明のエルヴィス・プレスリーでもいるんですかね」


「俺はブライアン・ジョーンズに賭けるね」


「緑色の赤ん坊のほうがマシな気がしますけどね」


二人で低く笑い、銃弾がきちんと装填されていることを確認する。SIG M7ライフルを持っているのが男、ムーラ。FN FALにM-LOKと同様のアクセサリーレイル接合用かつ電源供給可能なハンドガードをつけ『近代化』されている。むろん、どちらも2000年代の骨董品だが、フルオート射撃が可能で、サイボーグに通用する弾薬を使用できるからこそ生き残っている。むしろ「新造古式銃」などと言われてアフターパーツも充実していた。


首のあたりから双方ともにケーブルが光学機器に向けて伸びており、視野内にクロスヘアを表示している。弾道計算などもある程度可能にした統合FCSシステムだ。むろん、ケープを脱げば問題なく従来の、というか肩にストックを押し当てての射撃姿勢も取れる。


「敵が居たらどうします」


それを問われて、ムーラは特に気にした様子もなく答えた。


「居なかったことになる」


それを言われて、うへ、とミラグロスは返した。


「皆殺しですか。そりゃまた」


「そうするしかないだろ。極力戦闘は避けるぞ」


「慎重派ですねえ」


「アホ、焼酎運びに経費が死ぬほどかかってるんだ。これ以上ムダ金使えるか」


「まあそりゃ原子力電池まで投げちゃいましたからね」


「そういうこと」


二人の会話が途切れる。エレベーターの機械音以外には沈黙が落ちた。




 全身サイボーグ同士の戦闘が行われた場合、どうなるか。という問いは基本的には単純だ。泥仕合である。だから基本的に銃を持っていたとしても銃撃戦を避けるし、どつきあいなんてことはしない。できるならば回避するし、より優れた火力発揮が可能なら要請する。当たり前だが、そういう行為をしてアドレナリンを出すのが楽しいのは命がかかっていないからであって、終わった後ヘリやその他小型航空機や宇宙機で回収してくれるか、病院に直行する救急車があるからだ。


それでは、撃つ弾は基本的に自分の経費で、かつ自分の体の修理にだって金の小便を垂れ流しているような状態となるとどうなるか。そうして、歩いて帰るなりほかの手段を講じなければならない。自分の財布の範囲で。となると、戦闘は極力避けていくことになる。


「お、着いたな」


「待ち伏せ食らってそうっすね」


「やだな、おい」


そう二人で言いながら、ムーラとミラグロスは銃を構え、エレベーターの扉の前、操作機器が収まっているあたりに体を隠す。扉がぎしぎしと音を立てながら開いた。

真っ暗な坑道がしばらく続いている。凍土を掘り進めるための標準シールドマシンがコンクリートを吹き付けて固めている。という状況が見える。円筒形で、下にはパンチングメタルが敷いてあった。おそらくはパンチングメタルの下に配線も通してあるのだろう。電気そのものはおそらく生きているが、単純に誰もいないので落としてある。と言うところ。


暗視モードをどちらともなく起動。赤外線モードとアクティブ式レーザーセンサーを併用したもので、おおよそこういう形だろう。というエッジがついている。色を付けることも可能だが、全然違っていたという事も多いため、特に双方起動していない。ランプはあるが、スイッチ類は見当たらないため、おそらくはデータリンクで制御していたのだろう。サブ制御として中央コンソールはあっただろうが。


「案内図くらいありそうなもんだがな」


「二次元バーコード読み取ってそこにデータリンクしろ。セキュリティクリアランスがあれば表示される。って形式じゃないスか」


「そういう施設ってことになるぞ」


「キーカードの時点でキナくささ爆裂じゃないですか」


「それはそうだな」


つまり、機密を扱うようなところの正面玄関をうろついている。という事になる。とはいえ、エレベーターは特に認証もなしに起動したんだから大したもんもねえだろ。という所感はある。あるが。

じゃあその大したもんもねえだろ。というのがハードスーツ、つまり人が着るためのスーツを着せる必要のあるものというのが厄介な点である。足と腕が付いていて頭も付いている。いつ生まれたのかもわからない人間が、だ。


「人間以外の動物だったらどうします?」


「煮て焼いて食うね」


「あたしら食えないのにですか?」


彼らには口が付いていない。代謝系の一部は存在しているが、基本的には脳だけなので不要だからだ。排出物にしてもごくささやかなものだった。大小便もしない。


「ここに来るまでに4-5日かかってんだぞ。冬眠設備だったら飢餓状態で起きるんだからそこから移動するとなると鳥なら絶対死ぬ、哺乳類でも爬虫類でも絶対死ぬだろ。知らんけど」


「知らんけどて。まあそもそも暴れて酸素供給系壊されたらコトですからね。フンもするだろうし、自分のクソがクサくて暴れたり絶対しますよ」


「まあ確かにな」


「という事は人って事にはなると思いますけどねえ」


「俺らみたいだったらいいんだけどな」


「いいとこ一部じゃないですかねえ」


二人で配線の熱をたどる。エレベーターの制御をしている設備なり、電源供給系には行き着くだろう。という目算があったからだ。とはいえ、話している内容が内容だけにどうやって運ぼうかな、と悩んでいたのは事実だった。ある程度余分の、というか本人たちには不要な食糧と水に、食事やトイレをするための個人用テントも荷物に入れてある。個包装されているので、廃棄するならそこらに放っておけばいい。というものだ。


「そもそも最悪歩かせなくていいじゃないっスか。冬眠なら電源くっつけてポッドに入れといて橇ひいてりゃいいんだから」


「知らねえよ。依頼者に聞けよ。何かしらやりてえことがあるんじゃねえの?」


「観光旅行じゃねえんだから」


「あながちそういう方向かもな……」


「わかんねえっスねえ。長命種は」


「種じゃねえよ。メトセラな。長生きしてるが人間だってのは同じだろ。根本的には」


「シュミが違うんで理解不能って事っすよ」


「それはまあ理解できなくはねえけどな」


俺だってそれでこんな商売やってるんだしな。とムーラは言う。


「あー。メトセラだったっスもんね。気を悪くしたなら謝るっス」


「要らん」


ムーラはミラグロスにそう応じ、立ち止まる。新しく吹き付けられていたコンクリートから、別の種類のものに切り替わっているのが見える。大量の氷に埋もれ、すりつぶされかけていたのが溶かされて補強が入っている状態。鉄筋も見え隠れしている。ここまでもったのは相当量のコンクリートを使った後、何らかの自己修復までパッケージされたメンテナンスボットが居たと思われる。


「なんかすごい嫌な予感がする」


「ここに来るまででも相当だったじゃないっスか」


「まあそうだが」


周りを見て、これは氷河期前の様式だな。とムーラは言う。土に埋もれていたのをある程度掘り起こして、運び出した手間をかけて、肝心のものを運び出さずに出て行った。それはなぜか。と考えて、どうにもわからん。と考えてしまう。

それにしたってキーカード一枚でなんとかなるもんなら別にクラックしたってかまわないだろう。と男は考える。とはいえじゃあなぜクラックしなかったのか。ということを考えるとそのリスクを取らない方がよいようなものだったということになってしまう。


「本当に嫌な予感がする」


「何度目っスか。とっとと目的のものを探しましょうよ。熱持ってる配線たどれば見えてくるでしょ」


「必要ないところは掘ってないだろうことを祈ろう」


そうして、いくつか関係ない生活空間の扉を蹴倒したりこじ開けたりしながら進み、最奥に行き当たる。電源は生きている。小型の超長期間稼働型の核融合ジェネレータに、後程設置されたとみられる携帯型の反物質リアクター。反物質リアクターの方で非常用の手動スイッチでランプに灯を通し、目の前のものを見る。パッケージだ。


「エルヴィス・プレスリーじゃなかったな」


「ブライアン・ジョーンズでもなかったっスね」


あー、女かぁ。と二人そろって半分毒づきながら見ている。男ですらなかったので賭けは不成立。というのが二人の結論だった。

中に入っている足がやけにごつい機械に換装、つまり一部だけサイボーグ化されている女、いや、少女と言った方が適切な人間の女は、生きている。

入っていたのは、植民船に使われるような冷凍冬眠装置であった。









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