第4話 ふるえる手

 考えるな。


 考えたら負けだ。僕は悪くない。僕の平穏な人生のために必要なことをしたまでで、彼女は僕の穏やかな日常を脅かそうとした。これは由々しき事態だといえる。

 言うなれば彼女は青天の霹靂。何でもない僕の平穏な正月を脅かす天災だ。


 天災に巻き込まれたことは仕方ないとしても、二次災害は防ぎたいところ。僕は息苦しくなる胸を抑えながら、家に続く道を少し小走りに進んでいた。


「くっ⋯⋯」


 このもやもやとした気持ち悪い感情はなんだろう? 危険を回避したはずなのに、どうにもスッキリしない。僕は僕の人生のために然るべき選択をしたまでだ。


 なのに。


 ズボンのポケットから家の鍵を出して、鍵穴に挿し込む。


 まわせば玄関は開く。


「まわせ!!」


 この玄関を開ければそこに僕の安全地帯がある。そうだ。この鍵をまわせばこのドアは開くのだ。


 だが、まわさなければ玄関は開かない。


「あ〜! もう!」


 結局鍵をまわせなかった僕は、再び、雨のなかへと踏み出していた。


 風が少し強くなってきた。寒い。そう言えば彼女、部屋着のままで上着も着てなかった。あの格好ではさすがに寒すぎるだろう。

 取り越し苦労ならいい。願わくば家に帰っていてほしい。


 だが。


 天災はそこにいた。


「天音さん⋯⋯でしたよね?」


 天音さんがこちらをちら、と見る。


「あっ⋯⋯カチカチカチ⋯⋯」


 寒さのせいだろう。奥歯がカチカチと鳴るほど凍えている。


 僕は自分の着ている上着を彼女にかけて、話しかけた。


「本当に家に帰らないのですか?」


 だまって首を横に振る。僕の上着を前でグッと寄せて風をふせいで、体をガタガタと震わせている。


「本当に僕の家なんかで良いんですか?」


 こくん、首を縦に振った。


「そうですか。では、うち、来ますか」


 ひとつうなずき、伸ばされた手が、ふるえている。


「わかりました。行きましょう」

「う、うん⋯⋯おおきに」


 絞り出された声は弱々しく、手をとるとひんやりと冷たい。その手をグッと握って引き起こすと、ふるえが脚まできていた。


 それでも強がりか、にこりと笑う。


 もう、帰ればいいのに。

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