第3話 で?

「で?」

「はい?」


 僕たちは少し離れたところまで走り、追ってこないことを確認すると、シャッターの下りた店のフードの下へと逃げ込んだ。


「あんただれやの?」

「えっと? はい、この近所に住んでる天野です」

「ちゃう。なんでうちについて来るん?」

「なんでって⋯⋯引っ張ってこられたから?」


 僕がそう言うと、彼女は自分の手につながる僕の手を見た。はっとしてすぐに手を離し、手を合わせて頭を下げた。


「きゃあ! ご、ごごご、ごめんやで!? うち、そんなつもりやなかってんて!」

「えっと? 僕、今の状況がよくわかってないんですけど?」


 急にもじもじし始めた天音さん。


「うち、オカンと喧嘩して、家出するぅうたら、オカン、行かさへんうて、部屋の出口ふさぐから、ほんなんやったらベランダから逃げるしかあらへんやん? ほんで、勢いあまって飛び降りたらあんたがおったってわけ。ほんまごめん!」

「いや、まあ、いいですけど。では僕、帰りますんで」


 僕は雨のなかに足を踏み出そうとした。

 ぐ。上着の袖をつかまれる。


「⋯⋯」


 引き止めておいて、無言でうつむくのやめてほしい。


「なんです?」

「オジサン、既婚者?」

「⋯⋯さあ?」

「家に泊めてほしいって言うたら、あきませんか?」


 おいおい。


「家に帰ったらどうですか? お母さん、心配してんでしょ? こんな見ず知らずの男の家に転がり込んだら、何されるかわかったもんじゃないですよ?」

「家に帰りたないんです!」

「なら、友だちとかいないんですか?」

「うち、大阪からこっちの高校に転校してきたとこやから、いきなり泊めてうて泊めてくれるような仲のいい友だちおらへんくて⋯⋯」


 そんなこと言われても困る。これ以上面倒なことに巻き込まれたくないのだが。


「ごめんなさい。やっぱり僕には無理です。では!」


 ぐい。今度は腕をつかまれた。


「いやや、置いてったらいやや!」

「そんなこと言われても⋯⋯困る。非常に困る」

「奥さんには私から説明しますから!」

「⋯⋯いやまあ、独り身だけどね?」

「ならええやないですか! 行きましょう! オジサンの家!!」

「いやです」

「なんでええええええ!?」


 そんなこと言われても。


 ⋯⋯そうさ。人間なんて信用するに値しない生き物だ。


「⋯⋯なら、しゃーないですね? ごめんなさい。わがままうて、ごめんなさい」


 深々と頭を下げる天音さん。


「わかってもらえて良かったよ。早く帰って、お母さんとちゃんと話をしたほうがいい」

「⋯⋯うん」

「じゃあ」


 雨あしが強くなる中、僕はふたたび帰路へともどった。





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