3. 雨

 ソーカルは作業を中断しようとしたが、青年団から反対の声が上がった。


 この山道が使えなければ、道の先にある西の町へ行くために、二日間かけて山を迂回うかいするか、高い通行料を払って隣国の領地を経由するかになるのだそうだ。辺境の人々にとって、安い行商はなくてはならないもの。しかし、時間や費用がかかるのでは訪れてもらえない。商売ができない行商人のほうでも困っている……そういう内容だった。


「もう三日も待ったんだ。俺の親戚も、西あっちの町にいる。あんたが、危険を見張ってくれているんだろ? さっさと済ませてしまおう」

 青年団のひとりが言い、ユーリは、ソーカルの判断をうかがった。

 縁者の安否を気遣う気持ちは、よく分かる。しかし、雨はさらなる災害を引き起こすかもしれない。判断する立場の彼は、苦しいだろうなと思った。

「……わかった。だが、危険な兆候が見られたら、すぐに避難するぞ」

 ソーカルは、続行を指示した。


「おい。ゴーレムを操作しながら、ほかの魔法を使えるか?」

「労働のお誘いなら、ほかを当たってください」

「真面目な話だよ。万が一、崩れた時は…………」

「それなら、ゴーレムを……」


 ソーカルとトレフル・ブランが、対策を話し合っている。

 相談しているふたりを背後に、ユーリはせっせとスコップで土砂を掘った。

 一見、魔法は便利かもしれないが、費用対効果を考えた場合、手作業のほうが効率がよい場合もある。ユーリの実家の家訓は「健全な肉体に、健全な魔力が宿る」というものであるから、体力には自信があった。細い腕でスコップを握っているキーチェの負担を、減らしてやりたいとも思った。


 トレフル・ブランは、ゴーレムを操って、岩をどけたり、重い土砂をすくったりしていた。

 しかし一見、ゴーレムの脇に立っているだけ、と感じるかもしれない。実際、青年団の三人は、ときおり何が言いたげな視線で、彼を見ている。

 ユーリは、友人をからかった。

「君も、いっしょに尊い汗を流さないか?」

 彼は、緑色の瞳でちらりとユーリを一瞥いちべつすると、すぐ作業に戻る。

「ユーリは、爆発賛美主義と、筋肉至上主義のどっちかに絞ったほうがいいんじゃない?」

 そのとき、ゴーレムから枝葉がにょきにょきと伸びてきて、鞭のようにペチンとユーリの頭をはたいた。


(負けないぞ!)

 ユーリは奮起して、いっそう作業に精を出した。


 ゴーレムに命はない。操作する人間が必要だし、動力源となる魔力を、常に供給し続ける必要がある。それを継続しながら、ほかの作業を行う余裕が、トレフル・ブランにはあるのだ。

 もともと、見習い魔導士に求められる技量は、ひとつの魔法を完全に機能させることである。並行処理能力の高さと知識の豊富さは、間違いなく、彼の強みと言えるだろう。


 しかし、刻一刻と、雲は厚みを増し、土砂は水を含んで重くなっていく。

 誰もが黙々と作業している中で……ソーカルのつぶやきが聞こえた。

「水音が、大きくなったか……?」

 ユーリが問い返す前に、ソーカルが叫んだ。

「崩れるぞ、走れ!」


 ――コロリン。

 小石が、転がった。

 次は、あっという間だった。


 ――ドォォォォン!

 爆発するような音と地響き。一気に崖が崩れる。

 細かい破片はキーチェが防御魔法で止めてくれているが、ヘルメットと同じで、耐衝撃能力には限界がある。何より、足が埋まってしまえば動くことができない。

 ユーリは、立ち止まって上を見上げようとする青年団に、走るよう促した。


 キーチェとともに、彼らは危険範囲を抜けようとしていたが。


「おわっ!?」

 ひとりが、倒木に足を取られて転んだ。


 一番近くのユーリが、腕を引っ掴み、立たせる。

 が、土砂はもう目前に迫っている。


 銃を取り出す余裕はない。

 ユーリは、体内から湧きだした魔力を、一筋の炎に変えて、最も大きな岩を吹き飛ばした。

 だが、それだけで土砂崩れが止まるはずもない。


泥の障壁クレイ・ム・ミュール!」


 トレフル・ブランの発動呪文とともに、ユーリたちの前に倒れ込んだのは、木製のゴーレム。その体はばらばらに解体され、それを土台とするように泥が積み重なり、臨時のダムが構築される。

 生み出された、貴重な一瞬。男性を引っ張り、ユーリは走った。


 青年団三人とキーチェが、山道に逃れていることを確認し、ほっと息を吐くユーリ。途端に、熱さに似た痛みを、頬と手に感じ、ケガを自覚する。

(――って、安心してる場合じゃない!)

 

 雨を振り払うように、ユーリは振り返った。


 作業現場にあるのは、土砂に埋もれる木と岩だけ。

 仲間の姿は、ない。


 ゴゥゴゥ、ザーザー。

 地鳴りと雨音だけが、細い山道を支配している。

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