第3話 転生したらモテモテだった件

 火薬の匂いが、まだ鼻に残っている。


 さっきまで、アールンが放った雷撃の名残だ。地面には焦げ跡。空気はぴりぴりしていて、明らかに「話し合い」の雰囲気ではなかった。

 アールン、アールン、アールンさんや。このコンプラガチガチな時代、し〇ちゃんすら大人しくなったこの時代で暴力系ヒロインは人気でないと思うよ? お淑やかな銀髪エルフっ子で売っていこうよ。そうしようよ。


 その中心に立ちながら、心の中で魔法を放つアールンを窘める。口に出せば私に標的が向けられるかもしれない。そうなれば私は……死ぬ。だから黙る。これは自己防衛。


 右手にはアールン。

 左手にはイーシャ。


 まるで両手になんとやら。



 ――いや、正確には。



 右からはアールンに睨まれ、

 左からはイーシャに見上げられている。


 どっちも、私から一歩も離れる気がない。アールンが魔法を放ち、イーシャは逃げ、かと思えばすぐに尻尾を振って近寄ってくる。猫なのにいたちごっこ。


 「……アリス」


 先に口を開いたのは、アールンだった。


 いつもより声が低い。冷静にしようとしているのが、逆にわかる。


 「さっきから、その猫もどき……じゃなくて、その子と、ずっと一緒にいるけど」


 ちらりと、イーシャを見る。


 イーシャは尻尾をぱたぱた揺らしながら、当然のように私の腕に絡みついていた。


 「アリスは、私と一緒に旅をするって言ったよね」

 「言ったね」

 「守るって、約束したよね」

 「言ってくれたね」


 ひとつひとつ、確認するように。


 「だったら……その子は、なに?」


 問い詰める声ではないし、責める声でもなかった。

 その瞬間、イーシャがぴくりと耳を動かす。


 「みゃーは、アリスのご主人の大切な存在にゃ」

 「それは、私が決めることじゃないよ」

 「にゃ?」


 イーシャはきょとんと首を傾げる。

 その仕草が、あまりにも無邪気。だからこそ、残酷だった。


 「アリスが決めることにゃ」


 イーシャは無慈悲にも私に委ねる。

 そうして訪れる沈黙。


 「……」


 二人の視線が、同時に私に向く。

 逃げ場はない。


 私は、喉を鳴らして息を吸った。

 正直に言うと、わかっていた。

 こうなることは、ちょっと前の時点でわかっていた。


 触れた瞬間にスキルが発動し、私をお互いに求め始めた時点で。なにせ私はオタクだ。たくさんの異世界ハーレムものを、たくさんのラブコメを見てきたし、読んできた。オタクとして生きてきた経験は伊達ではない。


 アールンは不安そうに私の袖口をぎゅっとつまむ。


 「ねえ、アリス」


 そして、上目遣いで私を見てくる。


 今度はイーシャ。私の服の裾を、きゅっと掴む。


 「みゃーは、アリスが好きにゃ」

 「……うん」

 「ご主人に捨てられたら、みゃーは……きっと、にゃく」


 にゃく。にゃくのかにゃ。


 それを言われて、胸の奥がぎゅっと縮んだ。

 アールンが、ゆっくりと一歩前に出る。


 「私は、泣かないよ」

 「……」

 「エルフだし。強いし」


 この雰囲気の中、それって関係あるのかなとか思ってしまった。ツッコむ勇気はない。


 「でもね。アリスが、どちらかを選ぶなら……私は、身を引く」


 雷を落とせる人の言葉とは思えないほど、静かだった。


 「それでも、約束は守る」

 「……」

 「だって私は……アリスを守るって決めたから」


 完全に、選択の場だ。

 どちらも、正しいことしか言わない。間違っていることは言わないし、そういう隙を見せてくれない。

 ただどちらも、私を縛ろうとはしていない。

 なのに、逃げ道がない。


 私は、はっきり理解した。これが、私のスキルの結果だ、と。


 神様は、スキルの説明を省いたけど。

 これは「便利な能力」なんかじゃない。

 万能スキルじゃない。


 人の人生を、分岐させてしまう力なのだ。

 あのクソ軽い神様はとんでもないスキルを寄越してきやがった。たしかにモテたいと願ったのは私だが。こうじゃない。違う違う、そうじゃない。

 こんな頭を悩ませるようなスキルを欲したわけじゃなかった。


 私は、目を閉じた。

 少しだけ、時間をもらうみたいに。そして、決めた。


 「……二人とも」


 名前を呼ぶ。


 アールン、と。

 イーシャ、と。


 「私はね」


 息を吸う。


 「どっちかを選べって言われて、選べるほど、立派じゃない」


 アールンが、わずかに目を見開く。

 イーシャは、尻尾を止めた。


 「私は元来モテないで生きてきた。それなのにこんな可愛い女の子から求められて……喜ぶよりも驚きの方が勝ってる。選べないし、私には選ぶ権利もないと思ってる。どっちかを選ぶということは、つまりどちらかを切り捨てるということ。私なんかがそんなことしていいのか、いいや、していいわけない。そんな不誠実なことしたら、私は私が許せない」


 人の人生を狂わせておいて、振るとか……人としてどうかしている。倫理観も終わっている。

 だから、


 「私は――二人とも選ぶ」

 「……え?」

 「にゃ?」


 同時に、違う反応。

 アールンは戸惑い、

 イーシャは理解が追いついていない。


 でも、二人を選べば振られる人はいない。倫理観も保たれている。


 「これなら倫理的にもセーフ」

 「……どう考えても二股はアウトにゃ、ご主人」


 イーシャは冷たい目でこっちを見てくる。アウトなのは知ってる。だが、どっちの方がマシかと言われればこっち。カレー味のうんこがいいかうんこ味のカレーがいいかみたいな究極な質問を天秤にかけて、二人と付き合う……という答えに軍配が上がった。


 「ふぅん、そうなんだ。私は別に二股でも全然いいんだけど?」


 アールンはむふんとドヤ顔を見せる。


 「にゃに言ってんのにゃ、ついに頭ぱーににゃったのか?」

 「なってないけど?」

 「でも、おみゃーの言ってることはおかしーのにゃ」

 「猫もど……イーシャは二股が嫌なんでしょう? つまり、私が二股覚悟でアリスと付き合ったらその時点でイーシャは身を引くってことだよね。なら実質私と付き合うってことになるよね」

 「にゃにおー、この卑怯にゃ!」

 「ふふん」

 「みゃーは、みゃーも、二股でいいにゃ。こんな耳長にご主人を奪われてたまるもんかだにゃ」


 結局二人はいがみ合う。


 「あれ、つまり、二股良いってこと?」

 「妥協するよ」

 「そうだにゃ」

 「この猫もど……じゃなくて、イーシャなんかいらないってくらい私のことを好きにさせればいいだけだもんね」

 「好き勝手言ってくれるにゃ。あとでにゃーにゃー喚いても知らにゃいからにゃ」

 「にゃーにゃー喚くのは猫だけだよ」


 こうして、私は異世界で『女ったらし』のスキルを使って『女の子』にモテモテになるのだった。誠実って……なんなんだろうな。

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異世界百合ハーレムを築くことになったけど、神様のせいです! 皇冃皐月 @SirokawaYasen

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