第2話 イーシャ・スフィン

 アールンと異世界を旅することになった。

 神様が『スキル:女ったらし』を与えてきた時はどうなるものかと先行きが不安であったが、こうやってこのスキルと付き合ってみると案外悪いものじゃないなと思う。

 このスキルのおかげで最強っぽいアールンを仲間にできたわけだし。


 「ふふふ」


 アールンは揉むように手を繋いでくる。ちょっと小っ恥ずかしい。恋愛経験ゼロな私にとっては手を繋ぐという行為すら中々ハードルの高いものであった。


 「あ、猫だ」


 異世界というのだから、てっきり前世で存在していたような動物はいないものだとばかり思っていた。ポケ〇ンみたいな世界観かと……。


 前世では生粋の猫好きだった私には朗報だ。混じり気のない純粋な黒。黒猫、というやつだった。


 夢が広がる。異世界で猫を飼う。

 悪くない。むしろいい。


 「…………」


 可愛いものが好きそうなアールンだが、猫に興奮していない。黙って私の手を握っているだけ。


 「猫いるよ?」


 にゃん、と鳴いてこちらを見ている黒猫を指差す。


 「知ってる」


 こくりと頷く。

 あまり反応は芳しくない。

 この世界において黒猫という存在は忌避されるものなのかもしれない。私が元いた世界でも黒猫は死者の使いだのなんだのという言い伝えはあったし。

 そういうような言い伝えがあったとしても、驚くことはない。


 「チッチッチッ」


 しゃがんで、舌を弾いて音を鳴らす。地面をこんこんこんこんと何回か叩く。目が合っていた黒猫は興味を持ったのか、よろよろと近付いてくる。

 猫の習性はどの世界でも変わらないか。


 そしてくんくんと匂いを嗅ぐ。私の安全を確かめるように。隣で立っているアールンは冷たい視線を私たちに送っているが、今は放置。

 ちょっと待ってね。今は猫で忙しいの。


 黒猫はくるりと私の周りを一周した。


 まだ警戒されているのか、肌に触れてこない。顎の下とか、首元を撫でたくなるが我慢。警戒されている時に触れるのは悪手だ。猫に嫌われる可能性が高い。一度嫌われると猫は中々心を開いてくれなくなる。 


 それからやっとだらんと垂らしている手の甲に黒猫は頭を擦り付けてくる。これが触っていいよの合図。いや、おい撫でろ人間! という猫様の命令だ。


 よーし、撫でちゃおー☆


 なんて思った瞬間だった。私の視界にぱーっとエフェクトがかかった。既視感しかないエフェクト。


 そしてすぐに、


 『スキル:女ったらし 発動!』


 と、スキルが発動した。

 誤作動だろうか。でもスキルに誤作動もなにもないような。

 もしかして、この『女ったらし』のスキルって人間以外にも適用されちゃうの? よく考えてみれば、アールンはエルフなわけで……こうはっきりと区分けすると人間とは言えない。

 そんなアールンにスキルが適用されていることを鑑みると、このなんてことのないただの黒猫ちゃんに反応するのだって決しておかしいことではない。


 まあ、私は猫が大好きで、この黒猫ちゃんは私のことを好きでいてくれる。

 つまりウィンウィンの関係。なーんにも悪くないね。


 「おみゃーはなんてにゃまえにゃんだにゃ〜」


 甘い声で黒猫に声をかける。顎の下を指で撫でながら。

 猫なんて「にゃー」か「にゃお」か「しゃー」しか言えないけども。こうやって声をかけてしまうのはきっと猫好きの性というやつだ。

 隣で立っているアールンはなにをしているんだ、というような目で見てくる。


 「みゃーのにゃまえはイーシャ・スフィンにゃ〜」

 「……?」


 どこからともなく声が聞こえてくる。私はきょろきょろと周りを見渡す。

 うーん、うーん? どこから声が聞こえているんだ?

 アールン以外に人はいない。空から聞こえているのか? もしかして神様? 神様がふざけてんのか!?


 「ここにゃ、ここ、ここだにゃ〜」


 耳をすませて、声がする方を探す。

 えーっと、うーんと。あった。声のする方。黒猫ちゃんから声がする。って、まさか。いやいや、異世界ものじゃあるまいし。ああ、ここ異世界だったわ。忘れてた。


 ぼんっと音が鳴る。

 もくもくと煙が上がった。


 そして、黒猫は巨大化する。というか、人化する。

 やがて完全に人になった。


 顎を撫でていた私は完全にバランスを崩す。

 黒色の長い髪の毛。白い肌。どこか日本人形を彷彿とさせるような見た目。

 だが、猫耳にながーい尻尾。これらが日本人形感を完全に打ち消していた。


 ぶんぶん尻尾を揺らす。耳もぴくぴく動かす。


 「みゃーのご主人になってほしーにゃ♡」

 「ダメだよ。アリスは私のご主人様なんだから」


 アールンは私とイーシャの間に割って入る。そしてそんなことを言った。アールンと仲間になった記憶はあるが、アールンのご主人様になった記憶は脳みそのどこを探しても見つからない。


 「そんにゃこと言われたって困るにゃ。みやーはご主人にうんめえーを感じちゃったのにゃ」

 「私だって困る。アリスのこと好きだし」

 「それはみゃーもだにゃ」

 「出会って数分のくせに!」

 「愛と忠誠心はみゃーの方が大きいのにゃ」

 「ぐぬぬ」

 「しゃーっ」


 いがみ合う二人。


 そして、


 「ご主人はみゃーのご主人ににゃるんよにゃーっ!」

 「アリスは私と付き合うんだよね!?」


 二人は示し合わせたかのように同時に喋った。

 さらに……


 「「ねえ、どっち!?」にゃっ!?」


 と、圧をかけてきた。


 人生初めての告白。それは想像もしていなかったような形で、相手からのものであった。

 いやー、告白されるって……すんごく嬉しいもんだね。

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