第1話 アールン・フォン・デリーヌ
「あの……えっと、私の名前はアールン・フォン・デリーヌだよ」
やけに長い、ザ・エルフというような耳をピクピクさせる。頬は真っ赤で、今にも爆発四散しそうだった。
別に……私は、そういう趣向はない。世の中には女の子で女の子のことを好きになるような人もいるようだが。オタク的にはそういうのを百合と言っていて、大層萌え萌えさせてもらっていた。が、それはあくまでも二次元の話。
そういう作品を好き好んでいたから、女の子が好きかと言われればそうじゃない。FPSが好きだから殺人が好きか? という話に通ずると思う。
とにかく、私は男が好き! 男が好きなのだ!
なのだが、エルフという属性はそれはもう魅力的だった。私には無い長い耳、エルフ特有の凛とした空気感。どことなく漂う儚さ。
まあ要するに……可愛い! めっちゃ可愛い!
なにこれ? 天使?
世の中にこれだけの美貌を持った生物が生きていることって許されるの? 可愛いものを見た罪で逮捕されたりしない? 異世界だし、処刑とかされるかも。
「あなたの名前を聞かせて欲しいなって……」
よいしょ、と座り直した。真向かいにいる銀髪エルフっ子のアールンに問われる。
「私の名前は……うーん、そうだね」
双原アリスという名前をそのまま使っていいものかと悩む。
黙っていると、アールンは不思議そうにこてんと首を傾げる。そのなにげない仕草が妙に可愛くて、可愛い神経を刺激する。
「アリス。アリスだよ!」
迷った結果、下の名前だけ告げることにした。偶然にもアリスって名前はまあこの世界に比較的溶け込んでいる。
花子とか陽子とかだったら、溶け込めなかった。日本人すぎる。ありがとうお母さん、お父さん。私にアリスという洋風な名前をつけてくれて。
「うん、アリス! いい名前だね!」
アールンはRPGの最初に遭遇するNPCみたいなことを言っていた。
「あ、ありがとう?」
「それでね、アリス。私ちょっと、今、暇なの」
芝生の先っぽを摘んで、指で擦る。くるくると捻ったり。
それからちらちらと私のことを見てくる。
まるでなにかを訴えているかのような。目を合わせると、アールンは頬を赤くする。
え、なに? なんなの? これも『スキル:女ったらし』の効果なの?
本当に……意味がわからないんですけど!?
「今というかこれからもずっと暇なの」
「暇なんだ……」
「そう……」
「…………」
私は淡白な返事をしてから黙る。アールンも黙る。結果として沈黙が生じた。どうしようもないくらい酷い沈黙だ。
ちらちらと見てくる。黙ってるのに。
ちょっと、なにか言ってよ。
「暇なの」
いや、言ってよとは思ったけど。それだけ言われても困る。え、ワガママだなあって?
「へ、へー、そうなんだ」
「知ってる? エルフってとっても強いんだよ」
「魔法とか?」
「そうそう! 魔法とか! こう見えて私、結構名の知れた魔術師なんだよ。ほら、見ててね? 見せてあげるから、魔法を!」
ふんすと鼻を鳴らし、立ち上がる。
やる気に満ち溢れているアールンは手のひらを天に向けた。細く、白い腕を伸ばし、空気を掴むように拳を作る。
その瞬間に雲ひとつない晴天だった水色の空は真っ黒になった。厚く黒い雲に覆われる。凄まじい風が吹く。私の髪の毛はもちろん、アールンの銀髪もはためく。
黒い雲に走る稲妻。遅れてやってくるのは激しい音だった。
そして、あたり一面を照らすような稲妻が走った。それは雲を、空気を、地面をも切り裂くように落ちた。
地面が揺れる。
これが魔法。
魔法のちからってすげえ!!!!
「どう?」
脇腹に手を当てて、むふんとドヤ顔を見せてくる。
「すごい。普通にすごい。魔法? だよね。アールンって最強?」
「えへへ。今なら私、超絶暇なんだよ?」
「…………? そうなんだ」
「こんなに強い私が暇なんだよ? しばらく暇」
「どんくらい暇なの?」
暇だ、暇だ、と言うくらいだ。もしかしたらどのくらい? というのを聞いて欲しいのかもしれない。
「二百年くらいは暇な予定かな」
うん、スケールが膨大!? 人間感覚で考える子が間違いか。エルフなんだもんね。そうだよね。
「だから、一緒に冒険してあげてもいいよって思うけど。というか、私を連れていかないのはもったいないんじゃないかなって」
「なるほど……これが『女ったらし』の効果か」
「え、なに?」
「いやいや、なんでもないよ。こっちの話だから。気にしないで」
私に『女ったらし』のスキルを与えてきて、一体全体どうするつもりなのか……と、割と困惑していたが、これはこれでありかもしれない。
このスキルのおかげでアールンと出会えて、これだけ強いエルフを仲間にできたのだ。
魔法を倒すことだって夢じゃない。いや、倒さないけどね? そもそもいるのかな、この世界に魔王。興味ないけど。
「あの、だからね? アリス……私を連れてかないと。って、おーい」
あーでも魔王ってイケメンかもしれない。異世界の魔王は強面でイケメンって相場が決まっている。ならワンチャン会ってみたいかもしれない。
「アリスのこと好きだから連れてって! 私を連れてって!」
「うん。一緒に行こう? アールン」
それはそうと、こんなモテない私のことを好きになってくれたアールン。大事にしなければならない。だってアールンの好意は本物の好意なんかじゃない。私が与えられたスキルで、奪ってしまった感情なのだ。
だから、その好意をせめて誠実に受け取る。それが私なりの懺悔になる。
「絶対にアリスを守るからね!」
私の手を握るアールン。
いやー、うん、とっても心強い。あってよかった『スキル:女ったらし』。
このスキルで周りをおかしくさせるなら、せめてその責任は常に取り続けよう。最強スキルなんかじゃない。これは……そう、呪いだ。
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