第4話 硝子の苺
中学生の里奈は、家族の冷たい雰囲気に毎日悩まされていた。両親は共働きで、忙しく、里奈が起きる頃にはもう出勤していて、寝る頃にようやく帰宅する。家の中は、どこか寂しく、無機質な空気が漂っていた。お互い忙しく、顔を合わせるのも会話を交わすことも少なく、食事もただ「食べる」という行為のためだけに存在しているようだった。
里奈は、心の中で温かい家庭を夢見ていた。朝、家を出るときに見かける友達の家族のように、みんなで笑い合いながら食卓を囲み、幸せそうに過ごす家。里奈は、そんな家庭に憧れを抱いていた。もし自分の家もそんな風だったなら、もっと幸せになれるのに、と何度も思った。思っても両親にお願いはできない。両親は私のために頑張ってはたらいているのだから。そう里奈は自分に言い聞かせた。でも、寂しいものは寂しい。無機質な空気が漂う家は夏でも冷たい空気が肌を包むような気がする。
「はあ。帰りたくないな。」
そんな思いを抱えながらも、里奈は家に帰るのが嫌になり、学校が終わると、図書館や公園など賑やかな場所で時間をつぶすことが日課になった。ある日、いつものように公園で時間を過ごしていると、一人の男が声をかけてきた。
「嬢ちゃん、家に帰りたくないのか?」
声をかけてきたのは、高身長で、まるで一軍のイケメン男子のような雰囲気を持っていた。しかし、どこか父性に似た温かさを感じさせる男性だった。里奈は少し驚きながらも、頷き、家族の悩みをその男に話し始めた。
「両親にはお願いできないのかい?」
里奈は首を振った。「私のために働いているんだから、わがまま言いたくない。」
「別にわがままじゃないと思うがね。」
男は笑った。
「じゃあ、そんな嬢ちゃんにこれをあげよう。夢の中で温かい家庭を体験できるものだよ。これを月明かりに照らしながら、枕元に置いて、温かい家庭が欲しいと願いながら寝てごらん。」
男は巾着袋を取り出し、それを里奈の手にそっと渡した。
「でも、これは夢の中だけのものだ。現実との区別はしっかりつけるようにね。」
里奈は少し戸惑いながらも、その言葉に頷いた。袋を手にした瞬間、里奈は不思議な感覚に包まれた。あの夢が本当に叶うのだろうかと、わずかな期待を抱きながら家に帰った。
その夜、巾着の中のものを取り出す。それは、まるで透明な宝石のように美しく光る果物—ガラスのいちごだった。イチゴの形をしているが、その表面はまるでガラス細工のように透き通り、虹色に輝いていた。手に取った瞬間、里奈は不思議な感覚に包まれた。何か強い引力が働いているようで、彼女はそのいちごに温かい家庭を見せてと強く願った。
「里奈―。」
呼ばれて、ハッと目を覚ます。目の前にはいつものスーツ姿ではなく、幼少期に見たエプロン姿の母親がいた。そこでここは夢だと認識する。
「里奈。何してるのよ。これから、一緒にタルト作るんでしょ。」
「あ、そうだったね。」
私は立ち上がって、エプロンをつける。母親とタルトを焼いていると父親が帰ってきた。
「ただいま。」
「あなた。おかえり。ほら。里奈もちゃんとお帰りって言いなさい。」
里奈は母親に促され、照れくさそうに言った。
「おかえり。お父さん。」
「ああ、ただいま。」
父親は、あの幼少期の記憶そのままで、優しく微笑んだ。その微笑みに、里奈は涙をこぼしそうになった。父親は、何気なく言った。
「今度の金土日、何日か有休がとれそうなんだ。どこか行こうよ。」
「良いわね!旅行に行きましょ。里奈。部活は大丈夫よね?」
「あ、うん。今度の週末は大丈夫。」
「じゃあ、決まりね。里奈。どこ行きたい?」
「どこでもいいぞ。」
「えっと、じゃあ…」
家族全員で食卓を囲み、賑やかな会話が続く。楽しい時を過ごす中、耳元で目覚ましの音がけたたましく鳴り響く。「ハッ…!」里奈は目を覚まし、夢の中の出来事がすべて幻であったことを思い知らされた。目覚ましの音が煩わしく感じるのは初めてだった。身支度を整え、リビングに行くと、家の中は静まり返っていた。両親はすでに仕事に出かけている。里奈は、その現実を受け入れながらも、どこか寂しさを感じていた。ガラスのいちごに頼ってもむなしいだけだと分かっても里奈はガラスのいちごが見せる幸せな温かい家庭にすがるのをやめられなかった。
何度もガラスのいちごに頼るうちに目覚めたくない。かりそめの家庭でいいから、このまま夢の世界に浸りたいと思ってしまっていた。
しかし、里奈の両親もまた、里奈との時間をもっと大切にしなければならないことを感じていた。彼らは仕事が忙しく、里奈と過ごす時間が少なかった。ある日、久しぶりに早く帰れる日が訪れ、二人は里奈に好きなケーキを買って帰ることにした。家に着くと、何かおかしいことに気づいた。家の中は暗く、静まり返っていた。里奈の名前を呼ぶが、反応はない。
里奈の部屋に行くと、彼女は幸せそうに眠っていた。しかし、いくら揺すっても目を覚まさない。両親は大慌てで里奈を病院に連れて行った。診断結果は、ストレスによる過眠症。いつ目を覚ますか分からないという。
両親は、里奈のために頑張って働いてきたが、彼女が感じていた寂しさに気づかず、後悔の念を抱えることとなった。
その光景を遠くから見ていた男がいた。男は不気味に笑うと、つぶやいた。
「なんで人は憧れたものに縋り付き、後悔しないと気づかないものなのかねぇ。」
男はキラキラと光る液体の入った瓶を片手に、姿を消した。
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