第3話 硝子の茘枝

「モテたい。」そうつぶやいた瞬間、心の中で焦りが募った。俺の名前は田辺哲夫、普通のサラリーマンだ。三十路が迫ってくる中、気づけば未だ女性から告白されたことはない。どこか焦っている自分がいた。そんな夜、ひとりぼっちで居酒屋に向かった。飲みながらつぶやく。「モテたいなぁ…」誰にも聞かれないように。

ふと目をやると、隣の席に座っている男が視線を送ってきた。その男は見るからにハイスペックな人物だ。高身長、整った顔立ち、スタイルも完璧。俺がぼーっとしていると、突然、彼が声をかけてきた。

「へぇ、お兄さん、モテたいんだ?」

驚きながらも、酔った勢いでつい本音を吐露してしまう。「ああ。恥ずかしながら、二十数年間モテたことがなくて…一度でいいから、モテてみたいんだ。」

男は楽しそうに笑いながら、肩をすくめて言った。「うんうん。男なら、一度思うことだよね。わかるよ。」

「それなら、俺がその願い、叶えてあげようか?」

「は?」間の抜けた声が出た。でも仕方ないだろう。変なことを言うコイツがおかしい。「叶えてあげる?」その言葉に、俺は思わず耳を疑った。モテたいと悩んでいる男に、何か方法があるのか? それとも、ただの冗談か?男はゲラゲラ笑った。

「その感じ、信じてないでしょ。これ、あげる。」

手渡してきたのは、なんとも不思議な巾着袋だった。

「なんだこれ。モテテクでも教えてくれると思ったら、こんな物を?馬鹿にしてんのか?」

「まあまあ、落ち着いて。そんな怒んないで。その袋に入っているものにモテたいってお願いするだけで、お兄さんの願いが叶うよ。」

男が怪しげに笑うと、ソイツはフッと消えてしまった。


持って帰ってしまった。巾着を開けると、コロンとガラス玉が出てきた。拾おうとすると、「イテッ。なんだこれ!?」ガラス玉がチクチク尖がっていた。持ち上げれば、尖がった部分が手に刺さったから、イラついて思わずぶん投げた。なんだよ。おちょくられただけかよ。イライラして、巾着ごとガラス玉を捨てようと思ったら、中から紙ぺらが出てきた。紙は注意書きのようだった。

「ガラスのライチ

この人に好意をもたれたいと思う人を思い浮かべて、ガラスのライチを食べよう!

※一人一個まで。あまり欲張らず、コツコツと。」


「は?」眉唾ものじゃね?とも思ったが、あの男があれだけ自信満々だったし、何か本当に試す価値があるのかもしれない。俺はしばらく悩んだ後、決意を固めてライチを食べることにした。

ガラスのように美しく輝く果実。皮をむくと、まるで真珠のような光を放つ果肉が現れた。一口かじると、甘酸っぱい果汁が口の中に広がり、思わず感嘆の声を漏らす。「うまい…!」

そして心の中で思い浮かべた。仕事でいつも冷たい態度をとっていた倉西葵、無関心だった新実寧々。心の中で彼女たちに向けて思いを馳せながら、ライチを次々に口に運んだ。すると、次の日、俺は驚くべき光景を目にすることになる。

次の日、出勤すると事態は一変していた。今まで俺に目もくれなかった女性たちが、まるで俺を気に入ったかのように振る舞い始めた。

「田辺さん、これ終わったら一緒にランチでもどうですか?」

「田辺さん、最近かっこよくなったね。」

「素敵ですね、もっと話したいな。」

目の前の女性たちが、まるで俺に夢中のように振る舞ってきた。俺はそんな言葉に酔いしれ、つい調子に乗って自慢話を繰り広げる。周囲の男性社員たちが羨ましそうに俺を見ているのを楽しみながら。そのあとも女どもが求めるから、散々構い倒してやった。

それから数日後、俺は女子社員へのセクハラ行為で社長室に呼ばれていた。俺がさんざん女どもから求めてきたって説明しても誰も信じちゃくれねぇ。同僚の男たちに助けを求めても応じてはくれなかった。くっそ。あの時羨ましそうに見てたし、腹いせか?

「なんだよ!俺が何をしたって言うんだ!」と叫んだが、結局はクビになった。最悪だ。


公園で途方に暮れていると、「どう?夢を見た気分は?」

声をかけてきたのは俺にガラスのライチを渡してきたあの男だった。今度は、あの不気味な微笑みを浮かべることなく、ただ冷静に立っている。その姿は、まるで俺を見下ろすような、上からの視点のように感じられた。俺は怒りを抑えきれず、男の胸元を掴んだ。

「てめぇがガラスのライチなんかパチモンを渡すせいで、俺は会社をクビになっちまったじゃねぇか!責任取れよ!」

俺は怒りを爆発させて男の胸元を掴んだ。

男はひょうひょうとした態度で言った。「ガラスのライチは君がモテるようにする手助けをするための道具だ。でも君はその力をどう使うか、うまく活用できなかっただけだよ。」

「てめぇ!!」カッとなって殴りかかるが、男は冷静に避け、低い声で言った。

「君の負の感情、すごく美味そうだ。楽しみにしているよ。」

そして、男は何も言わずにその場を去っていった。俺は絶望の中で、何もかもが壊れたような気がした。

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