図北面西右脇臥

夏場で炎上した街。街の避難所はすし詰めの3万の命、鼓動するそれらは一律に温もりを発し既に避難所は40℃を超えていた。死者、熱による体調不良者や喧嘩が続出し剣山の上の風船のように、後一押しもあれば爆発することは確実であった。レグルスは急ぎ避難所の拡大を行い、避難民達へ伯爵と代官の奮戦を伝えた。だが若い女達、動ける老人達は体力の消耗に耐えられずレグルスの演説を「勝った」極解し松明を持ち、あろうことか門が溶接し閉じられた南門へ大行進を始めた。その数はおよそ1万人以上。松明を持った狂乱の一団は炎上する街を進み始めた。ボヤリと炎と月に照らされた彼らの陰は溶け合い松明の柄が地獄の釜で茹でられる罪人の伸ばす細腕じみており、彼らがもがき苦しむ様相を幻視させる。道中バタリと倒れる男女へは目もくれずゾロゾロと外への希望のみで彼らは進む。路上には異臭漂う焦げが至る所へ張り付き空気は熱をおびており先刻までの激しい闘いを裏付けている。先頭の女、街ではダンサーを生業としている、彼女は「あっ」と気の抜けた声を出す。彼女たちの眼前には溶接された巨大な門がったのだ。しかし、兵士達も化け物も一切おらずそれが一団を困惑させた。彼女は城壁へ目をつけた。彼女は体よくおかれていた梯子を取り、城壁へ立てかけた。一団は彼女を押しのけ、我先に梯子へ群がり登り始めた。始めに城壁に登った初老の男は背に熱風を感じつつ、顔に掛かる生暖かい風に冷たさを感情心地良くなった。足元には銃身や柄の無いナイフ、勲章やボタン類が幾つも転がり男はそれらを踏みつけ城壁の外を見た。月が照らし遠くまでよく見えた。炎が所々立ち上がり他は月が照らしているにも関わらず黒々とした底なし沼が続く。眼前の外界は見るだけで男が始めて故郷を離れた時に感じた不安と恐怖を駆り立てた。時折砲弾のような黒い影が頭上を飛び地面へ激突する。地面は大きく揺れしばらくすると何も無かったようになる。

「森がない?地面が井戸みたいだ。」男はそうつぶやきながら次々に登ってくる人々に押されるように城壁を歩く。

当然、ドンと爆発する轟音が鳴る。森の方向だ、男は目をこらすと僅かにオレンジ色の光が見えた。

彼が城壁の上を押されてドンドン歩いていると城壁がやおらざわめく。男の方へ逃げるように押し合いへし合いの移動が起こる。男はつんのめるが何とか体制を整える。冷や汗をかきながら「おいおい」と呟いた。男たちは押されて城壁へ登った地点から200 m程の北西方向に離れていた。すると、男の方目の前にはどろりとした真っ黒の化け物が靴を濡らす程度の高さではあるが、城壁床を伝ってゆっくりと流れ始める。男は後ろへ逃げようとするが押される一方である。

「ふじゃけるな!殺す気か!こっちには化け物がきてるんだ!」顔を真っ赤に叫ぶ。

「ちんじまえ」と男は殴られる。額が割れた。血にぬれて怒りの形相を浮かべる彼は正に鬼である。

体制を崩した彼からは湾曲した城壁から反対方向の様子が見てとれた。そちらも何かから逃げる様相を呈しており押し合いへし合いの乱闘が繰り広げられていた。北門の城壁には満員電車のごとく人が立ち並び彼らには逃げ場などどこにも無かった。ヒヒヒと男は絶望して笑いながら誰構わず兎に角殴りつけた。彼は暴力が振るいたくなったのである。

絶望した彼を皮切りに彼らは化け物に囲まれたことを悟ったのである。城壁は高く、飛び降りる勇気を彼らから奪い、城壁の両側からはゆっくりと化け物が迫る。避難所へ殺到する化け物と兵士達の攻防を見ていた彼らは化け物の恐ろしさを知っている、そのため絶叫し少しでも長く生きようと群衆の中央へ向かって必死に逃げる。梯子は既にもみ合いの結果、倒れている。恐慌した女は絶叫し近くにいる子供を長く伸びた爪でひっかく。鮮血に興奮した老人は拳を振り回す。「ウォー、ウォ」動物じみた叫び声と共に所構わず振り回された拳は泣き叫ぶ男の背を叩き城壁外へ男を落とす。落ちる男を見た女は大笑いする。

10分後誰も城壁には居なかった。

 一方、北門前に取り残された5000人は城壁の惨状を目の当たりにパニックへ陥った。蜘蛛の子を散らすように彼らは統率も無くバラバラと逃げる。

 12歳のアヤメはどうしたら良いか解らず立ち竦みボーとした。周囲の音がワンワンと遠くから響くように感じる。更には目の前が切り抜かれた絵じみて立体感や陰影が浅く感じられる。その絵には大きな門が描かれており、その足下には人々がこちらに向かって見たことも無い顔で走ってくる。(怖い絵)アヤメはそう思った。門の上からは黒い塊がボトボトと落ち、四方八方へ黒い手を伸ばす。彼女に向かってもその手は伸びて来ている。彼女は動かなかった。もう彼女にはここが現実では無くなっているのだ。ジッと彼女は黒い手を見つめ、黒い手はやがて彼女の胸に触れた。アヤメは通れない隙間に無理矢理に押し込まれ成形される様な強烈な痛み感じ、永遠に意識は戻らなかった。

 梯子を城壁へかけたダンサーのチカは城門から避難所へ一目散に駆けた。大通りは道が埋まるほどの人だかりでとても通れる状況では無かった。

(屋根の上からなら)彼女は右手にあった集合住宅へ飛び込んだ。建物の中はきれいだった。床には割れた花瓶が転がっているのみで花瓶を載せていた棚は盗まれたのか無くなっている。正面右側には階段があり左側には賃貸部屋が並ぶ扉は無く中にはベッドの骨組みがチラリと確認出来る。彼女は一気に駆け上がり2、3、4階とあがり遂に最上階の5階へたどり着いた。階段の終点には掃除用具入れと壁に取り付けられた梯子が設置されていた。屋上へは梯子から小さなハッチを開くことで出ることが出来る。ハッチには鍵が掛かっていた「畜生」と彼女は毒づく、彼女の筋力では鍵を壊すことが出来ない。そこで、彼女は採光用の窓を開けそこから屋上に出ようとした。採光用の窓は安全上、完全には開かず30°程の角度で上向きに開けることが出来る。彼女にはそれで十分であった。窓枠に背を向ける姿で足をかけゆっくりと上半身を窓の隙間へ通す窓の上には銅製の雨樋が設けられていた。彼女は身体を伸ばし雨樋を両手で掴んだ。少し身体を揺らし雨樋の安定性を確認すると彼女は右足を開いた窓の上枠へかけ身体を引き上げ始めた。彼女は左足も窓上枠にかけ雨樋の位置へ胸まで慎重に持ち上げたその時、ガコンと音を立てて採光用の窓ははずれ階下へ落ちた。足の支えを急に失った彼女はブランと雨樋から垂れ下がってしまった。更に悪いことに雨樋がはずれ道路へ倒れ始めた。彼女の重みで銅製の薄い雨樋は折れ曲がってしまい、勢いよく彼女は路上へ落とされた。あまりの痛みに彼女は声をあげられなかった。何とか立ち上がろうとするも左足が言うことを効かず壁を支えにして何とか立ちあがる。後ろを確認しする。すぐそこまで死の手は迫っていた。彼女は残る力を振り絞りズリズリとナマケモノのように逃げる。

「ヒヒヒヒヒヒ。ヒッ、グス。ヒッヒッ。」絶望のあまり彼女は笑い泣きした。

「皆、私を見てよ。私が死んだことを後悔してよー!!」

見えるのは群衆の背中と茫然自失し生きることを諦めた者達のみで、彼女の声は熱気に溶けて行く。

リングでは上手く行き始めていた。ダンス以外にも演劇に出て少しちゃんとした役がもらえ始めていたしご飯も食べられるようになった。チカは女優になれなかった。

 元質屋のカールは肥満だった。燃えさかる街から脱出するために群衆と言う生贄達に紛れ北門へ向かったが門は閉じられており更には化け物まで這い出る始末。カールは近くの線の細い女を突然殴りつけた。拳は女の顎に直撃し女は倒れた。

「よし。とにかく避難所へ戻らないと。」女を殴り落ち着いた彼は息を整え門の大通りを全力で駆けた。すると前方には人集りが出来ている。

「おーい!通せ!なんで進んでいない!」カールは怒鳴る。

すると関係の無い後方からカールは叩かれた。彼はギロリと後ろを睨んだ。後ろには痩身の若い男が立っており、その息は荒い。彼は呼吸で鼻の穴が大きく広がりフンフンと犬のように興奮している。

「テメェコラ!俺をぶつ立場にねーだろ、お前みたいな貧相な奴はろくな学校出てねーだろ!俺一代で質屋起こしたの!メチャメチャ稼いでんの!お前の年収なんか俺の日収以下だろ、大人を舐めるなよ青瓢箪が!」カールは口から泡を飛ばしてキレた。カールは学校へ通っていない、大きくなってから教師を雇って勉強した口である。周囲の人々が彼の大声で更に興奮し殴り合いの喧嘩を始めた。カールは周囲から殴られ這々の体で人集りから抜け出し脇道を目指した。脇道の入口にはヤクザものが二人おりカールを止めた。

「通行料を払えよ、豚じじい。」若いヤクザがそう要求すると彼は上着からアルミ製で金細工のされた懐中時計を取り出し手渡した。

「足りないな。」無慈悲に中年のヤクザがカールにメンチを切る。

「なんで、もう払ったのに。」

「俺は何も貰っていない。」

屈辱に震えながらカールは小さな声で「なんで俺ばっかり。」と文句を言いつつ指輪をヤクザへ渡す。ようやく路地へ進んだ彼は目の前から流れる黒い水を目にする。慌てて振り返った彼は悲鳴を上げた。ヤクザ達の姿は無く黒い水にカールの立派な懐中時計が漂っている。

「ヤッター。」カールは懐中時計を取ろうと歩こうとするが動けない。焼かれるような痛みが末端からこみ上げる。彼が足を見ると足元から骨や肉自分が溶けている。必死に壁にある窓枠を掴む。

「アウゥ!」

彼の視界は痛みによる涙によってぼやける。何も彼には聞こえない、あれだけ騒いでいた群衆の声も炎のパチパチとした音も全く消えている。太股から痛みが這い上がる。彼は力の限界を感じ自身の手を見た。

「ホ、ホンゲー!」

窓枠の隙間から黒い水が流れ彼の手に張り付いている。腕からも腰からも痛みが駆ける。彼は芋虫のように身体を揺らした。

(俺が俺じゃ無くなるみたいに。こいつ、もてあそんで。助けて、助け、、、)カールは声にならない絶叫、嗚咽しこの世から姿を消した。

レグルスの命令により防衛範囲が狭まった結果、彼らは挟み撃ちされる状況に陥ったのだ。

カールの死によって、ついに北門の脱出を試みた1万人は全滅した。

伯爵達は快進撃を続けていた。火炎放射器の炎には化け物も逃げることしか出来ずドンドンと北門まで押されていく。

「我らの街を取り戻せ!化け物を城外へ追い出せ!」興奮した伯爵は自身も火炎放射器で化け物に火を付けて行く。火に縮んだ化け物がポロポロと床や壁から剥離する様は兵士達の優越感を刺激し後退する触手について行く。伯爵は北門から離れていた事に気付いた。

伯爵は声を張り上げて「一度本陣へ戻る!燃料補給だ!」と叫び兵士を呼び止めたが、既に遅く彼と彼の兵士達は大量の黒い水が道という道を張っていた。コップに入っている水のように石造りの家の中にはギチギチに化け物が詰まっていたのである。

(こんなやつと籠城戦をしていたのか。この情報は持って帰らなければ!)伯爵はおぞましい化け物の巣とも言うべき場所からの撤退を決断した。周囲からは黒い壁が濁流のように流れて伯爵達へ殺到した。

「・・・」伯爵は濁流へ火炎放射器を構えた。

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