第7話
夕暮れ時、オレンジ色の光が学院を染め上げていた。部活動や委員会で残る生徒、家路を急ぐ生徒たちの姿を、菅野は職員室から静かに見つめる。
登校したりしなかったりする生徒は、担任としてやはり心配だ。なぜそうなってしまったのか、生徒の心の内を菅野は知りたかった。
「生来は・・・帰ったか・・・」
と呟く。すると、ある生徒の顔が脳裏をよぎった。
震災前に岩手で教師をしていた頃の苦い経験。菅野が受け持つクラスに、不登校の男子生徒がいた。
母は家を出てしまい、父子家庭で育っていた。菅野は、何とかその生徒に寄り添い、救いたいと尽力した。休日には車でドライブに連れて行ったり、自分の実家で一緒に晩御飯を食べたり、祭りにも出かけた。それらの努力が功を奏したのか、生徒は徐々に心を開き、学校へ来るようになった。
生徒の父親は漁港に勤め、朝早く仕事に出るため、生徒がたまに寝坊することもあった。
しかし、菅野が職員室から電話をかければ、慌てて支度をし、遅れながらも学校には来ていたのだ。
だが、2011年3月11日、あの日。
男子生徒は教室に姿を現さなかった。菅野はいつもの寝坊だと思い、朝から何度も電話をかけたが、一向に出ない。後に父親から聞いた話では、生徒は夜から高熱で寝込んでいたという。
あの日、午後2時46分。三陸地方を大津波が襲った。生徒は、波にのまれてしまったのだ。
菅野は、あの日電話に出なかった生徒の異変に、もし自分がもっと早く気づいていれば助けられた命だったと、悔やんでも悔やみきれなかった。
(自分が教師を続ける意味があるのか・・・)
と自問自答を繰り返し、ついには辞職を決意した。
そんな生活が一年過ぎた頃、工事現場近くの弁当屋で、生徒の父親と偶然再会した。
父親は、菅野が教師を辞めたことを風の便りに聞いていたという。小さな田舎だ、人の噂は早い。父親は、息子の供養のためにも菅野に教員に戻るよう勧めた。
多くの犠牲を目の当たりにし、「幸せになる権利はもう自分にはないのかもしれない」と菅野は思っていた。けれど、与えられた命で生き抜く権利はまだこの手にある・・・そんな微かな希望が胸に宿った。
夕暮れに染まる生徒たちを見つめながら、菅野はあの日、そしてその後の出来事を思い出していた。
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