第3話

職員室に戻った菅野は、昼休みに入るとすぐに生来(セイラ)に電話をかけた。


(さすがに昼には腹を空かせて起きているだろう)


そう思いながら受話器を耳に当てる。


トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。


何度、鳴らしても電話に出る気配すらない。


(また、後にするか・・・)


諦めて受話器を置こうとしたその時、「プツッ」電話を取る音がした。


「もしもし、生来さんのお宅でしょうか? 聖学院三年一組担任の菅野賢治と申します」


電話の向こうからガサゴソと物音が聞こえる。


「カンノ?誰?それ・・・」


間の抜けた声が返ってきた。


「生来大(セイラ ダイ)さんかな?」


しばしの沈黙の後、生来からの返事は期待出来ないと判断すると菅野は


「初めまして。四月から君の担任となった菅野賢治です。今日、欠席の連絡がなかったから、確認のためかけました」


と話を続けた。


再び沈黙


「菅野先生・・・話し方のイントネーション・・・なんか、変」


まだ会ったこともない生徒からのいきなりのダメ出しに、菅野は内心焦っていた。


(え!俺、まさかなまってる? 頑張って標準語で話してたんだけどな。いや〜、隠しきれてなかったか・・・)


多少落胆しつつも気を取り直し、


「岩手から上京してきたばかりなんだ。よろしくな!」


と返した。


またしても沈黙。


「菅野先生、俺、猫にエサやらないとだから、電話切るね」


ガチャン。プープー。


(いとも簡単に、電話切りやがった)


菅野はしばらく電話の前で立ち尽くした。その姿を見かねた家庭科教員の堀口真実子が菅野に声をかけてきた。


「生来さん、なかなか学校に来れなくて・・・とても心配なんです」


「はあ〜。そうなんですね」


「生来さんが高等部二年生の時の担任の先生は、当たり障りなく接していましたよ。学力は高いから、好きにさせている感じでした。不登校の生徒に関わるのは一筋縄ではいかないので」


「なるほど・・・」


堀口は職員室だからか、控えめに小さな声で話を続ける。


「そうそう、菅野先生、当学院の最寄り駅から少し歩いて、丘の上に建つ、ヒルサイド産婦人科ってご存知でいらっしゃいます?ブルーと白の建物がお洒落な・・・」


「ええ。知ってます。僕の住まいの近くです」  


彼女に合わせて、菅野も小さな声で話す。


確かにブルーと白の建物だ。入り口にはヤシの木が植えられ、まるでアメリカ西海岸のような雰囲気の産婦人科。その建物から何軒か先に、菅野が借りている古風な一軒家がある。 


ドアはガラガラと音を立てる引き戸で、目隠しのように庭の周りを囲む垣根がある。縁側、赤いポスト。昭和初期くらいに建てられたこの貸家に決めたのは、縁側に面した窓から見下ろせる海だった。海は時に残酷だが、嫌いにはなれなかった。


「じゃあ、お宅近いなら、生来くんに会いに行くのもいいかもしれないですね! 生来くん、外猫の世話に忙しいらしいから、ばったり会う、なんてこともあるかもしれないですね。ふふふ」


と堀口は可愛らしく微笑んだ。


(俺と同じくらいの年齢かな? 奥さんにしたいナンバーワンの称号がふさわしい感じだな)


と菅野は心の中で呟く。


「夕方でも、散歩でもしてみます」


そう言うと、菅野は小さく頭を下げた。

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