第2話
激しい剣音が鳴り響く。
エドアルトはいつもの聖戦士の剣ではなく、普通の剣でエヴァリスと打ち合っていた。
打ち合っていると言っても、エヴァリスは手加減してくれているのは承知だ。
彼女が切り返してくるのは五回に一回程度で、明らかにエドアルトの隙をつき、斬りかかれる瞬間があるのだが、その時には気配を見せるだけに留めて、剣を教えることに徹してくれている。
打ち合う二人の側にはキース・ディノスとミルグレンがいた。
元々父親のキースがエドアルトに剣を教えてやっていたのだが、たまたまエヴァリスが居合わせて、エドアルトが剣の稽古をつけてください! と頼み込んだのだ。
技と速さと力を兼ね備えた【
だからエヴァリスと打ち合う時は普通の剣を使う。
だがそれに慣れると自分の剣が扱えなくなるので、エドアルトは間を開けながら、エヴァリスには稽古をつけてもらっていた。
その他の時は聖戦士の剣で、エヴァリスに打ち込んでもらう。
エドアルトからは攻めず、彼女の剣を集中して受けるに徹する。
一度も剣を振らないのに、エヴァリスの剣を受けていると、エドアルトは何時間も打ち合ったかのようにぐったりしてしまう。
さほど身体の大きい人というわけではないのに、何故この人の剣はこんな重くて、打ち込まれると疲れるんだろうとエドアルトは不思議に思ったが、これが扱う剣の差なのだろうと、その一言に尽きることも理解していた。
「くっ、!」
鋭い剣撃が飛んで来た。
紙一重で躱し、その瞬間目を見開いて身を捩って剣を切り返した。
エヴァリスの瞳が輝き、彼女は腰を屈める一瞬の動作で、
飛び込んで来たエドアルトの間合いに突撃して来る。
どん! と肩に当てられ、エドアルトは吹っ飛ばされた。
「うわっ!」
地面に投げ出される。
「くそ~~~!」
大声を出して、息を吸う。
集中していた時は気にしなかったのに、地面に倒れ込んだ瞬間息が上がって、苦しい。
はぁはぁと完全に動けなくなった。
「だいじょうぶ?」
太陽を背にエヴァリスが覗き込んで来る。
一瞬纏った猛禽みたいな気配はもう無い。
「……すみません、ありがとうございます……」
エヴァリスが手を差し出して、エドアルトを引き起こしてくれた。
「また駄目だった……」
なんとかこの人に一撃を入れたいけど、一度もまだ成功したことがない。
「今のはいい攻撃だったわ。
際どい一撃だったから、私もつい本気で肩を当ててしまったの。
大丈夫? 痛いでしょう」
エドアルトは右肩を手の平で押さえた。
「ほんとだ痛い。俺の方が全然体大きいのに、なんでだろう?」
エヴァリスは穏やかな表情で笑っている。
「【天界セフィラ】で目覚めてから、貴方ぐんぐん剣の腕をあげてるわよ。
さすがはキースの息子ね」
小手を外しながら、エヴァリスはキースに視線を向けた。
「貴方のお父上は私の少女時代の剣の指南役よ。
息子に剣の稽古をつけるなんて不思議な感じよね。
――でも、似てるところがあるわ。
今の一撃は特に似てた。
あなた頭では攻め時を分かってるようね。
身体がそれについて行ってないのをよく感じる。
それは修練で手に入れて行けることよ」
「はい……今、踏み出した感じは自分でもいいかなと思ったんですけど、全然二の足がついていきませんでした」
「もっと私の剣に慣れなくてはね。私の剣に慣れれば、もっと落ち着いて対処出来るようになるわよ」
「慣れるって言ってもそんな簡単なことじゃないと思うけど……でもありがとうございます。頑張ります」
「私はキースに勝てないといちいちへそを曲げてたわ。
貴方は素直よね」
エヴァリスは笑っている。
「そ、そうなんですか? 全然そんな風に見えませんけど」
「今は落ち着いた武人となられましたが、確かに幼い頃はいちいち怒っていらっしゃいましたな」
キースがそう言うと、エヴァリスが苦笑して彼の背をバシッと手で叩いた。
父親がアリステア王国の王女姉妹の幼少期の守り役だったことは聞いていたが、実際こうやって目の当たりにすると、エドアルトは不思議な感じがする。
生前父親に会ったことが無かったので、そう言われても実感が湧かなかったからだ。
でもなんだか嬉しい。
こんな強いエヴァリスに武人として、父が敬意を払われるのは。
「へへ……」
昔話をしている二人を残して、水を飲みに戻ると、エドアルトはミルグレンがいることに気付いた。
「珍しいなぁ。お前が俺の剣の練習してるとこに付き合うなんて。今日はお菓子作りしないの……」
「――なんかおかしいわ」
突然ミルグレンが言った。
「え?」
「あんた、この前飛び出して行ってから、ずっとこっちにいるわね」
「へ?」
「最近ずっとメリク様の手伝いで天界にいたのに」
ミルグレンが立ち上がった。
「そう? ……いや別に。インク作業と部屋の片づけも頑張ったし、ひと段落ついたから」
「この2、3日魔石狩りに出てたと思ったのに帰って来たと思ったら剣の訓練ですって?
いつものあんたならムカつくぐらい無邪気にメリク様の所に飛んでいくのに……」
うっ。
やっぱりこいつ鋭い。
「べつに、たまたま母さんに届け物とかあったからさ……数日中に天界に戻るし何でもないよ」
「エドアルト。あんたなんか私に隠し事をしているわね?」
「してないよ。なんだよ突然」
エドアルトがそう言った途端、ミルグレンの顔色が変わった。
「目ぇ反らしたわね今っ⁉ あんた! メリク様に魔石を探して来てほしいと言われたとか言ってこっち戻って来たけど、そんなこと言われてないわね⁉」
「な、なんでだよ。なんでそんなことになるんだよ。
言ってたじゃん。ラムセスさんの研究が今捗ってるから、
時間のある時でいいから魔石を見つけたら届けてほしいって。
お前もメリクに頼まれただろ?」
ミルグレンは腕組みをして、エドアルトの周囲をうろうろし始めた。
怪しい所を探しているのだ。
エドアルトはたちまち猛獣に囲まれた草食動物の気分になった。
「確かに頼まれたけどそういうことじゃないわ。
……あんたも心底怪しいけど、もう一人すっごい怪しい人がいるのよね」
「誰だよ。俺の知ってる人?」
エドアルトはしらばっくれようとしたが、ミルグレンはむんず! とエドアルトの腕を掴んだ。
「リュティス叔父様よ!」
「ああ……【天界セフィラ】に戻ってるんだって?」
「そうよ! あの召喚されてから頑なに【天界セフィラ】に戻ろうとしなかった叔父様が、何の拍子に戻るのよ!」
「だから、そういう生活が続いてちょっと疲れたんじゃないの?
たまにしか帰らない人って回復長引いたりするって……」
「お母様に聞いても同じことを言ってたわ!
なによあんたたち揃いも揃って! オルハにも詳細聞こうとしたら思い出したように教会の手伝いに出て行くし!」
「落ち着けよ。お前の単なる考えすぎだってば」
「なんか全てがおかしくなったの、リュティス叔父様がお散歩に出てからだわ……!」
ミルグレンの顔色がどんどん変わっていく。
「この感じ……似てるわ!」
「に、似てるってなにが?」
「サンゴール王国にいた時、城の人間達が時々こういう白々しい空気を出したことがあったわ! メリク様に何かあったことを、私に悟らせないためによ!」
名探偵かこいつは。
エドアルトは口許を引きつらせる。
リュティスとメリクがぶつかった。
この二人が師弟だということは聞いていたので、
エドアルトはいつか、落ち着いて生前のことを話せる機会くらいあったらいいなとは思っていたけど、とんでもなかった。
あの日エドアルトは、嫌な予感がしていた。
胸騒ぎというものだ。
魔術の才能がない彼は、そんなにそういう勘が働くことはないのだが、あの時は働いた。
【天界セフィラ】中を駆け回って、メリクを探していた時、夜半だ。
星が空に瞬いたころ、ラムセスが一人で戻って来た。
メリクは、と慌てて聞くと、彼は不思議そうな顔をした。
『おまえ、どうしてここに来た?』
エドアルトは貴方が出て行った時に、何かよく分からない、悪い予感のようなものを覚えたのですと答えた。
ラムセスはそれを聞いて微笑んだようだ。
『メリクは無事ですか』
『落ち着け。大丈夫だよ。【ウリエル】の居城に戻って休んでる』
『休んでるって、一体なにがあったんですか?』
『まあ、話せばなんというか長くなるんだが……』
ラムセスは話してくれた。
リュティスがメリクを連れ出して――命を奪おうとしたこと。
メリクは誰にも話さないようにしてほしいと願ったようだが、ラムセスはエドアルトには話してくれた。
それを聞いた時、エドアルトは怒りを感じた。
勿論リュティスに対しての、強い怒りを。
メリクは生前第二王子の身を案じ、彼が亡くなった時は悼み、そして彼の為に北嶺へ向かった。
彼が国を守ろうとしたから、メリクもサンゴール王国を守ろうとしたのだ。
本当はそんなことはしなくていいのに、たった一人だけで北嶺に挑んで、命を失った。
なのにそのメリクのことを生前通りに疎んじて、命まで奪いに来るなんて許せないと思ったのだ。
『お前でもそんな顔をするんだな』
ラムセスが笑いながら言ったので、エドアルトは怒った。
『当たり前ですよ! メリクは俺の命の恩人なんです!
あの人は……誰かに恨まれて殺されなきゃいけないような人じゃない!』
リュティスに何もかも話してやりたかった。
その上で、これ以上メリクに何かをするなら、自分も黙っていないと言うつもりだった。
止めたのはラムセスである。
『何も言うな。奴の為じゃない。メリクの為だ』
『なんで黙ってるのが、メリクの為なんですか。
ラムセスさんはメリクの友達なのに悔しくないんですか!
こんなことをされて!』
『きっちり報いは受けさせてやったさ』
彼は冷たく、笑んだ。
『しかしお前が全て暴露するってのはいただけないだろ。
お前は弟子2がメリクから聞かされなかったあいつらの事情を知ってる。
メリクがそれほど信頼したんだ。
サンゴール時代、誰にもあいつのことを打ち明けなかったメリクがな。
その心を裏切るなら、お前だってメリクを傷つけるという意味ではさして変わらん。
メリクはあいつに罵られても、大魔法ぶっ放されても、
一度として自分から反撃しようとしなかったぞ。
そのこと自体賢いかどうかは疑問だし、必ずしも正しいとは思わないが。
けど、それほどの覚悟で向き合ってる相手なんだよ。それだけは確かだ。
お前が横から、ごちゃごちゃ言うな』
優しい声音ではあったけれど、とても厳しいことを言われたと思う。
エドアルトは地上に降りた。
メリクの顔を見たら、なにか、それこそ彼の信頼を裏切るようなことを自分がしでかしそうな気がした。
『エドアルト・サンクロワはお前にとっての光』
ずっとその言葉が頭に響いてる。
そんなんじゃないのに、という想いと共に。
自分に会って絶望したとはっきりメリクが言ったのだ。
……どんなに自分といて、彼が辛かったかを、知った。
自分はこのままメリクの側にいていいのか分からず、
地上に降りて、以後会いに行けていない。
「エドアルト! あんた聞いてんの⁉」
「いてっ!」
ミルグレンがエドアルトの背中を蹴って来る。
「さてはリュティス叔父様がまたメリク様を苛めたわねっ⁉」
「なんでそうなるんだよ……大体……」
「ようし殺す! 殺すわあの叔父様を今夜こそ!
叔父様はどこよ!
どこに隠れてる⁉ お母様たちがさては隠してるわね!
匿ったらお母様たちも射殺よ!」
「どわああああああ! まてまてまてまてっ! そんな誰も彼もすぐ殺すなよ!」
堂々と身内を射殺宣言したミルグレンにエドアルトは震え上がった。
メリクがあの第二王子に瀕死の重傷負わされたなんて知ったら、本当に怒り狂うぞこいつは。
「うるさいわね! メリク様に無礼を働く奴は即刻死刑にしていいとミルグレン国の法では決まっているのよ!」
「どこの国だよその物騒な国は! メリクは元気元気! 元気だって! 今【天界セフィラ】でラムセスさんの研究を真剣に手伝ってるから、俺も、あんまり邪魔しちゃダメだなーって思ったってだけで別に……おわあああああ! 待てってばオイ!」
するりと野生動物のようにエドアルトの腕から抜け出たミルグレンは一目散に駆け出して行った。
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