その翡翠き彷徨い【第90話 エドアルト】
七海ポルカ
第1話
白い鳥が、一斉に羽ばたいていく。
ついに【天界セフィラ】から地上への侵攻軍が送り込まれた。
ラムセスとメリクは天宮の窓辺から、隊列を組みながら草原を下っていく天界軍の姿を見ていた。
「かなりの数になりますか?」
「いや。あれは先発隊になる。
兵の中に魔術師の姿が多い。【ウリエル】から忠告を受けたアリステア王国も対魔結界を中心に抵抗の意志は見せている。あいつらがそのアリステア王国の防御壁を破壊した後に、本隊を送り込んで制圧するはずだ。
「彼らは全員【四大天使】の従属で、地上ではやはり長い間実体化はしていられないのですか?」
「うん。【天界セフィラ】は安定した魔力が【世界樹】ユグドラシルにより供給されているゆえに、万物にとっての天上の園だが、神の掌で生き育って来たものにとっては地上は魔力の希薄な蛮土で有害というわけだ。
有害で良かったなあ。
おかげで人間の大半にとっては神々は祈りの対象になってる。
もしこの理屈がなければ人間が何かをするたびに姑のように天界や異界が個別訪問して来て鬱陶しいこと極まりなかったかもしれんぞ。
人間達が見つけ出した大切な知識も、お前らなんぞ馬鹿でいろとばかりに取り上げられていたかも」
「姿が見えないからこそ、尊ぶべき存在になったんですね」
「ああ。祈りの先にいるべきものにな。
もしかしたら神を『神』という存在に仕立て上げたのは人間たち自身なのかもしれん。
ここにいる魔術師たちを見てると時々そう思うよ。
地上の人間と考え方さして変わらんからな。
ここにいる連中の親玉である【熾天使】とやらも、果たして全てを見通す見通すと言われているがどうだろうな……」
ラムセスは腕を組みかえた。
「話では【ウリエル】だけじゃなく、【ガブリエル】という四大天使もここ最近不安定な状態にあると聞いた。
四人いる【天界セフィラ】創始の四人の魔術師のうち、二人が不安定な面を見せている。
――俺はな、思うんだよ。
俺たちが思うよりもずっと、この【天界セフィラ】という世界は若いんじゃないかって。
そりゃたかだか聖キーラン歴1500年程度のエデンにとっては古の大先輩だけど――【四大天使】のうち二人が不安定な面を見せていると聞いた時に、思い出したことがある。
サンゴール時代、張り直しまくった結界だ。
あの時代、古の時代よりサンゴール王国を守り続けて来た護国結界の八割もが壊滅的な状態で意味を成してなかった。
理由は時による劣化で、丁度そういうことが重なる時期だったんだよ。
しかしサンゴールが建国して以来初めてのことだったから、神殿連中は気づくことが出来なかった。
形式上の儀式で守って来た尊い結界が、段々ぼろくなってるなんて、思いもよらなかったんだろうな。
確かに結界というものは完全に外界から領域を遮断するから、その領域の中では魔力は永遠に生きるように思える。
しかしこういう精神体のような身体に自分自身がなってみて、【天界セフィラ】という極めて時間の経過が緩やかに歪む異界で過ごし、裏付けした真理は、実は結界も緩やかに時の劣化を受けていることいることだ。
遥か、莫大な時間を費やしてだが、でも確かに衰えるように出来ている。
地上では五百年結界が持てば、人はそれが永遠に守られるものだと誤解する者もいる。
だが地上で千年生きる人間がいれば、結界が永遠ではないことに気付いたかもしれん」
「……二千年生きる人間がいれば【次元の狭間】の出現を予測し、
閉じ方が分かったかも……」
ラムセスは今まさに思いを馳せようとしていた所に、心地いい相槌を打たれ、反対側の窓辺に座るメリクの顔を優しい表情で見遣った。
「つまり……【天界セフィラ】もまた、地上における【エデン天災】のように、一度目の変革期を迎えようとしていると……?」
メリクはふと、気づいた。
「セス?」
「ん?」
「あ、いえ……急に黙ったから」
「ああごめん。お前の顔を眺めてたから全然話聞いてなかった」
メリクはゆっくりと数度瞬きをしてから、吹き出した。
「貴方が話していたんですよ」
「――何の話をしていたっけ?」
笑いながらラムセスが返して来る。
彼は本当に、こういう所があった。
彼の記録を取るようになって気づいたことだが、彼は複数の研究や仮説をいつも同時に抱え込んでいるため、その中で閃いたものをその時々で考え、同時進行で進めている。
勿論一つのことにのめり込むこともあるが、基本的には幾つかのことを考えているため、今考えていたと思った次の瞬間、そういえば、というように全然違う話を思い出したようにすることがあるのだ。
本当に、一つ一つの思索を、脳内で棚で細かく仕切って、必要な時と必要でない時に取り出したりしまったりしてるような印象を受ける。
この人の脳内はどうなっているのだろうとメリクは不思議に思った。
(でも三界の禁呪に触れ、三つの呪印を同時に操る人なら、そういうことも容易いのかな)
リュティスと対峙した時にラムセスが見せたあの魔術。
まだ全然発明途上で、仮説段階にも入っていないとラムセスは言っていた。
彼の魔術とは、【
二つの呪文を完成させたことでも、後のエデン大陸の魔術観を飛躍的に多段化させ、広げたラムセスだが、もし本当に三つの魔術を操ることを技術的に他の魔術師にも会得出来る術を生み出せた時は、確かにまたエデン大陸の魔術観が大きく変わる、とメリクは思う。
あれはまさしく、新時代の魔術の操り方だった。
ただ現状では、あんな離れ技はラムセスにしか出来ないとは考えているが。
「【天界セフィラ】が一度目の変革期を迎えているのではという」
小さく笑いながらメリクが促すと「ああ」とラムセスは本当に思い出したようだ。
「そうなんだよな。
しかしそのことに【天界セフィラ】の連中は気づいていない感じがする。
元々あいつらは地上にいた魔術師だ。
それがある時この、魔術師の楽園と言うべき魔力と精霊の満ちた異界を発見し、
そこへ移住した。
あいつらにとってここは一番最初から『完全なる世界』だったからな。
これぞ完璧な世界の完璧な連中の愚かさだ。
この【天界】も時の劣化というものを、深刻に考えていない。
人間の世界に似ているよ。
ここは至高天ではないかもしれん」
メリクは片膝を立て、そこに頬杖をついた姿でラムセスの声を優しい表情で聞いていた。
この人の魔術の話は、ずっと聞いていたくなる。
最初はすごい人なので緊張したのだが、ラムセスの魔術の話は、聞くのも難しいほど難解なわけではない。
それでいて自分には絶対考えつかないであろう領域の話を、普通のことのように聞かせてくれる。
「至高天がここでないのなら、どこにあるとお考えですか?」
「俺はな、メリク。サンゴール時代人嫌いだ人嫌いだと言われてたけど別にそうじゃない。
俺は頭の悪い奴が嫌いなんだ。人間という生き物の、学び、昇華出来る力というものはそれなりに信じてるし、夢を持ってるし、評価してるんだ」
「……貴方が術師の分類を嫌うのは、その考えを否定するからなんですね」
「まーなぁ。魔術は学べば学ぶほど、理解出来れば理解出来るほど、面白くなる世界だ。
もっともっと魔術を楽しむためには、使わなくちゃならん。
例の【闇の術師】の理論は【闇の術師】が魔術を使うことに否定的な規制をかけている。 だから気に入らない」
「程度はあると思いますけど、サンゴールの魔術学院では絶対そういう教え方はしてませんでしたね。
悪戯に使うな、みたいなことをまず言われてたから。まあ精神的に不安定な、若い術師が多かったってこともあると思いますけど。無駄に魔術を使って、騒ぎを起こした場合は魔術学院の規定により【知恵の塔】の会議に召喚されて退学処分になる学生も稀にいましたから。みんな、大多数は『ちゃんと』魔術を使うことを恐れていましたよ」
ラムセスは小さく笑った。
「その、最もたる者がお前だもんな」
メリクは一瞬息を飲んだが、すぐに表情を和らげる。
「……そうですね。立派な魔術師にならないと、俺は城にいられないと思いましたし、
あの人にも認めてもらえないと思っていたから……。
そういう面はとても重んじましたね。
一度だけ魔力の制御を仕損じて、怪我人を出した時は…………世界が終わったように感じられました」
確か、城を出ると自分は言った気がするとメリクは思った。
リュティスに心底、その心の弱さも術師としての未熟も、単純な暴走でもなく明確な殺意を抱いて魔術を行使した、その邪悪さも全部見透かされたと思って、
大好きな人に一度そう思われたら、そこではもう生きていけないと、幼い自分は思い込んで、城を出て行くことだけしか考えられなかった。
あの時、城を出ていたら、人を殺めることはなかっただろうか?
しかしその場合、あの暗殺者たちがリュティスを殺めていたかもしれないし、
逆にリュティスが返り討ちにして手を血で染めていたかもしれない
そのことを、自分は遠いどこかで聞いたかもしれない。
結局そう思うと、メリクは「城を出ていたとしても」自分がサンゴール城の人々を……リュティスのことを忘れて、好きであった気持ちも忘れて、幸せになれたとはどうしても思えないのだ。
彼らの名を聞かないほど、遠くに行かなければ。
そうなると城にいようが城から出ようが、結局自分は国を出るしかなかったと思う。
「でも貴方を見ていると、確かにそうだなと思うことがあります」
「うん?」
押し黙った自分を自覚して、メリクは自分から口を開いた。
「轍から離れ、容易く、純粋な気持ちで、魔術を唱えてみることも時には大切だと」
「まあなあ。ただ思い上がった術師もいるのは事実だし、アホも山ほどいる。
魔術を会得したその瞬間から、俺たちは一歩間違えれば子供でも人を殺せる。
その自覚は持ってなきゃならん。
だから恐れを知ったり教えてやるのは無駄じゃないさ。
ただ学ぶことをやめたら魔術師じゃあなくなる」
それだけはラムセスが言っていることも、
魔術学院の講師たちが言っていたことも完全に一致した。
「【闇の術師】と定義することは、こいつらの学ぶことすら規制をかけかねんから嫌いなんだ。自分に不安を覚えたり、迷っている時ほど学ばんと」
メリクは微かに、笑った。
「……あなたに魔術を学びたかったな」
「ん?」
「そうしたら俺も、もう少し正しい魔術師になれたかも」
ラムセスは声を出して笑った。
「正しい魔術師ってなんだよ……」
「もう少し何かを我慢出来て、
もう少し視野を広げられて、
もう少し周囲の人間を大切に想える術師に」
自嘲するようそう言ったメリクに、ラムセスは呆れる。
「おまえがこれ以上何を我慢しろと言うんだよ」
「……。」
「むしろ俺は言っとくからな。
これからはもう余計な我慢は極力するなよメリク。
視野の方はまあ、俺がそれなりに何とかしてやるから、
あと周囲の人間をこれ以上大切に扱ったらまた五月蝿い弟子が五、六匹増えることになるぞ。そんなの鬱陶しくて嫌だろ。
程よく突き放して自分の周囲の人間の数はちゃんと自分で管理しろ」
「管理したんですか? あなたは……」
苦笑しながらメリクが尋ねると、真紅の魔術師はあっさり頷く。
「当たり前だろ。気に食わない人間や邪魔な人間なんか、側に寄らせるか」
「孤独を感じたことはないんですか?」
「いつも感じてる」
おや、とメリクは顔を上げた。
「孤独自体はな。でも孤独を感じるイコール寂しいとか不都合だとかじゃ全然ない。
子供の頃からそうだったからこれが普通だ。
それに例え大勢人間が周囲にいたとしても自分を理解してくれる者がいなければ、孤独を感じること自体は全く変わらんだろ。だからそんなことはどうでもいいよ」
「……子供の頃から……ラムセスはご家族はいらっしゃらなかったんですか?」
「うん。小さい時に流行り病で死に別れたから、全く覚えてない。親類の許に預けられて過ごしたけど、貧しかったから育てられなくて結局教会に預けられて育った」
「……貴方の実家というのがサンゴールのどこかにあったと思うんですが……」
「どこかってどこだよ……」
「ちょっと忘れてしまいましたけど。……貴方の使った『炎の紋章』とそっくりな貴族の家系があったような」
「ああ。これだろ」
ラムセスは自分の中指にはめていた指輪を抜いて、メリクに手渡してやった。
指輪の台座に刻まれた『炎の紋章』を、メリクが指でそっと確かめている。
「これは俺が小さい頃預けられた教会にあったんだ。
月に一度行われる大礼拝の時だけ大仰に取り出されて、司祭がはめて使うんだよ。
カッコ良くてさ~~。
ほしい! って言ったら司祭が、もう少し大人になってメイファート聖典全十三巻を全て覚えられたらいいよと言ったもんだから」
サンゴール大神殿の神官が四年の修練で会得する聖典である。
神官としての『教義』『神儀』『秘技』が収録されている。
これを極めた者が、王家の神儀にも関われる大神殿の所属を許されることになる。
「――次の大礼拝の時までに全部覚えてやった」
メリクがラムセスの方を見る。
「度肝を抜いてやったよ。指輪もちゃんともらった。
それに特別な才能があると言って、その司祭は神官以外が立ち入れない書庫にも俺を入れてくれたんだ。
幼い頃の思い出と言えば本を読んでた記憶しかない。けど最高に楽しかった」
光が瞬く。
一瞬、驚きで心が震えかけたがラムセスが笑ったのが分かって、メリクは吹き出してしまう。
当時その才能をまざまざと目にした大人たちは恐怖さえ覚えただろうが、本人がこれだ。
「その人も……貴方を見ていて、与えてやらなければならないなと思ったんでしょうね」
「そうだなあ。あれで子供にはまだ早いとかいって理不尽なことを言われてたら、多分あそこも出てただろうな、俺は。
十歳くらいまではそこにいて、丁度その頃大規模なザイウォンへの聖地巡礼のキャラバンが通ったから、荷に紛れてついていった。
あそこは城市で貧しい人間にも施しをしてくれる。礼拝は市民に解放されていて、そこに行けば礼拝の間は礼拝の書物が読めた。それを知ってたから行ったんだ。
数年後サンゴール王国に戻って、貴族の為に魔術を使い、奴らを楽しませて金を巻き上げて、屋敷を立て、研究三昧になったというわけだ」
メリクが笑っている。
ラムセスの楽し気な喋り方で分かる。
「随分苦労なさったんですね」
「苦労なさったよ。楽しんでさ」
普通の人間がそんな暮らしなら、まず「辛い」というだろう。
「苦労したんだ」と言うはずだ。
肉体的にも精神的にも。
だがラムセスはそのすべてを自分の中の糧にしている。
「でもそうか、貴方の『炎の紋章』にはそういう逸話があったんですね」
メリクが指輪をラムセスに返して来た。
「うんそうだ。気に入ってたから城でも自分の印として使ってた。
一番最初に俺の才能で得た、戦利品だったからな」
明るい顔でメリクが笑っている。
このメリクの笑い方が、ラムセスは好きだった。
「ああでも貴族の屋敷には逗留してたことはある。ひと冬とか」
「そうなんですか?」
「うん。俺は教会で司祭が病人の手当てとかしてるの小さい頃から見てたからな。
人手が無くて手伝ってたこともあったし。
それで薬術の知識もあったし、魔術を勉強する過程で薬草にも詳しくなったから病人が看れたんだよ。
薬を作れたから、貴族の屋敷に呼ばれて医者として滞在を許されたこともあったし。
それに金のない時は、物珍しいもの好きの大貴族の奥方や令嬢の別邸に招かれて遊んでたこともある。
いい稼ぎになるんだこれが。
こっちは主に夏の避暑でな。
大貴族の女達は時間を持て余して昼間は干渉して来ないから、無駄の長物になってる書斎の本も読み放題だったし、広大な私有地に色んな薬草は生えてるし。
夜は性的に遊んでやれば、二回り年上の旦那とはこんな遊びは出来ないとか簡単に喜んでくれるしな」
「うーん。どんどん賢者ラムセスの生前作り上げてたイメージが崩れていくなあ。勿論いい意味でですけど」
「どうせ魔術しか能のない、堅物で厳格な人物とか教えられてたんだろ」
「まぁそんな感じです」
「俺の名が高名になったから、出入りしてた貴族が俺の生家だとかあること無いこと言い始めたんだろうなあ」
メリクは微笑んだ。
(あなたは嫌がると思うけど、
それでもやっぱり俺は、
貴方は【光の術師】だと思いますよ)
どんな時でも絶望に覆われず、
それを振り払って、更に強い光とする。
その光が周囲の人間を照らし、
前向きな力や、風が彼へと吹き込んで来るようになる。
一度そうなると――もう光は永遠に失われることはない。
「そういやお前の方はサンゴールを出たあと、どうしてたんだ? 金とか……」
「俺ですか? 俺は……そうですね、サンゴールからとにかく遠くに離れたかったから、とにかく最初の頃は移動し続けてました。
辿り着いた街で、旅館や酒場を訪ねて、片付けなどを手伝うと一晩隅で寝かせて貰えたり、その日は食べ物をもらったり出来たので……。
最初の頃は、もう二度と魔術を使わない人間になろうと思っていたので、固く自分に禁じていたんですが、上手く行けばそれで済んでいましたが、そう行かない時もあって、金がどうしても必要な時は洞窟に入って、少しだけ売れるものを探して数日街で過ごせるようにしたり……、
身を守る必要があると気づいてからは、もう魔術を否定出来なくなりました。
使って行くしかないんだな……って諦めると、存外心は楽になりましたけど」
「そういうところがお前の可愛い所だよなあ。
会得した魔術はもうお前の持ち物なんだから、堂々と使って行きゃいいのに。
しかも国を出たってのに律儀に師匠の教えを遵守しようとしたりする。
一晩の寝床や食べ物の為に労働するなんて、どこまで生真面目なんだよ。
そんなことしなくても教会にでも入ればよかったのに」
「……。国を出て少ししたあと、どうにもならない時があって、一度教会に泊めてもらったことがあるんですよ。
その日限りの滞在ならばどんな人間にも許されることは知っていたので。
大雨で、疲れ切って飛び込んで聖堂の床で寝ていたら、夜中に目を覚ました時、雨が止んで綺麗な月が出ていました。
………………無性に、寂しくなって。
すぐに聖堂を出ました。
それ以来教会が苦手になって、近寄らなくなった」
メリクの中には師であるリュティスに対して絶対的な信奉と、敬愛の念がある。
死線を越えて【天界セフィラ】に目覚めたあとも、それが変わらないこともラムセスにとっては驚きだし、そもそも国を出ても全くそこが揺らがなかったことすら驚きだ。
そしてリュティス・ドラグノヴァに牙を剥かれて死傷を負わされた今でさえ、それが変わらないことも。
(俺はその区分は嫌いだし、お前は否定すると思うが、
俺はお前こそ、その【光の術師】とやらだと思うがなあ)
ラムセスはそう思った。
何があっても、光を手放そうとしない。
――光が例え、その手を裏切ってもだ。
「セス」
「うん?」
「アリステア王国はどうなるでしょうか」
ラムセスは腕組みを崩した。
「滅亡するだろうな」
数秒後、メリクは「はい」と小さく頷いた。
【天界セフィラ】の魔術師たちは、もはや地上の理に生きていない。
身に纏う魔力が違うのだ。
地上の人間に勝てるはずがない。
草原を去る、天界軍に目を向けているメリクの横顔を見遣る。
――彼は幼い頃に故郷の村を襲撃されて、唯一生き残ったという。
滅びを与えられる者の痛みは鮮やかなはずだ。
ラムセスは腕を伸ばして、メリクの手を取った。
引き寄せられ、抱きしめられる。
ラムセスの肩にメリクは頭を預けた。
滅びを否定するほどの強い正義感は、自分の中には存在しない。
他人の為に怒れるほどの強さ。
戦おうとする意志。
もう存在しない。
存在も出来ない。
魂が死のうとしているのだから。
(せめて苦しみが長引くことがないように)
一瞬で終わらせてほしいと思う。
(一瞬で)
幾度も思い起こす、一人で見上げた月の冴え。
あれを見た時の恐怖にも似た、孤独。
……その悲しみは、
「生き残ったから幸せだ」などと言えない、
執拗で、強大なものだ。
(一人も残さずに)
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