第4話「あなたも、案件です」
朝。
エージェントは、いつも通りPCの前に座った。
《@revenge_agent》の画面を開く。
そして、数字を見た瞬間——異変に気づいた。
フォロワー数:162,437人
昨日は17万を超えていた。
一晩で、1万人以上減っている。
エージェントは、画面を凝視した。
理由は分からない。
炎上したわけでもない。問題のある投稿もしていない。
だが、数字は減り続けている。
タイムラインを開く。
いつもと違う空気があった。
コメント欄に、奇妙な投稿が増えている。
『復讐代行の人、ヤバいらしいよ』
『え、何があったの?』
『調べてみて』
エージェントは、検索欄に「復讐代行」と打ち込んだ。
関連ツイートが、数千件ヒットする。
その中に、一つだけ、異質な投稿があった。
投稿者:@someone_else
アカウント作成日:今日
フォロワー数:0人
投稿:1件
内容——
『【案件報告No.01】復讐代行アカウントの正体』
エージェントは、クリックした。
復讐代行を謳うアカウント《@revenge_agent》。
しかし、この運営者は過去に何をしてきたのか。
画像1:五年前のSNSアカウント名(エージェントの別アカウント)
画像2:当時の炎上記事のスクリーンショット
『SNS炎上で自殺未遂——匿名告発の真相は』
画像3:被害者の言葉(断片)
『私の人生を壊したのは、正義を語る匿名アカウントでした』
この運営者は、かつて「正義」の名の下に、ある人物の個人情報を拡散しました。
その結果、被害者は精神的に追い詰められ、自殺未遂に至りました。
現在、この人物は「復讐代行」として活動しています。
これは、正義ですか?
キャプション:
文脈を編集しただけです。嘘は書いていません。
エージェントは、画面を見つめたまま、動けなかった。
すべて、事実だった。
五年前、自分は確かに、ある人物を告発した。
パワハラの加害者だと信じて。
証拠もあった。被害者の証言もあった。
だから、拡散した。
そして——その人物は、自殺未遂に追い込まれた。
後に、証言の一部が誤解に基づくものだったと判明した。
だが、その時にはもう遅かった。
エージェントは、アカウントを消した。
そして、誰にも言わなかった。
投稿は、瞬く間に拡散されていた。
リツイート数:23,491件
いいね数:61,328件
コメント欄は、地獄だった。
だが——感情的な罵倒は、意外に少なかった。
代わりに、こんな言葉が並んでいる。
『これ、あなたがやってきたことと同じですよね?』
『文脈を編集しただけ。嘘は書いてない』
『正義のためなら、仕方ない』
『スカッとした』
エージェントの言葉が、そのまま返ってきている。
エージェントは、マウスを握ったまま、動けなかった。
三つの選択肢があった。
反論する——「誤解だ」「当時は正しいと思っていた」
削除要請を出す——運営に通報する
黙る——何もしない
だが、どれを選んでも、炎上する。
反論すれば、「言い訳」と言われる。
削除要請を出せば、「隠蔽」と言われる。
黙れば、「認めた」と言われる。
エージェントは、四つ目の選択をした。
《@revenge_agent》の設定画面を開く。
そして、アカウントを——
凍結した。
自分の手で。
画面が、真っ白になった。
通知音が、止まった。
エージェントは、椅子に座ったまま、画面を見つめた。
指先が、冷たい。
手元のマグカップには、ココアが入っている。
だが、飲めない。
口が、動かない。
翌日。
エージェントは、PCを開いた。
《@revenge_agent》は、もう存在しない。
だが、タイムラインを開くと——
投稿は、消えていなかった。
スクリーンショット。引用リツイート。まとめサイト。
すべてが、拡散され続けている。
『復讐代行アカウント、自分で垢消し逃亡www』
『結局逃げるんだ』
『正義を語ってたくせに』
アカウントを消しても、拡散は止まらない。
「復讐代行」は、もう本人を必要としていない。
その夜。
エージェントは、匿名掲示板を開いた。
検索欄に「復讐代行」と打ち込む。
新しいスレッドが、立っていた。
【案件相談】復讐代行アカウントの運営者を、復讐したい人いますか?
1: 名無し
復讐代行アカウント《@revenge_agent》の運営者、
過去に誰かの人生壊してたらしいな
こいつに復讐したい奴、いるか?
3: 名無し
元被害者です
あのアカウントに晒されて、職を失いました
7: 名無し
元依頼者です
依頼したことを後悔してます
でも、あの人は何も責任取らなかった
12: 名無し
正義だと思って拡散してました
でも、自分も加害者だったんですね
18: 名無し
で、この案件、誰が受ける?
23: 名無し
俺が受けようか?
情報集めるの得意だし
31: 名無し
顔写真あるよ
過去のSNSから掘ってきた
45: 名無し
住所特定まであと少し
エージェントは、画面を見つめた。
スレッドは、伸び続けている。
レス数:347件
すべて、自分に向けられている。
エージェントは、PCを閉じた。
そして、マグカップに手を伸ばす。
中身は、冷めたココア。
口元に運ぶ。
だが、飲めない。
喉が、動かない。
マグカップを置く。
指先が、震えている。
深夜。
エージェントは、ベッドに横たわったまま、天井を見つめていた。
スマホに、通知が届き続けている。
見ない。
でも、音は聞こえる。
止まらない。
翌朝。
スマホを開くと、匿名掲示板のスレッドが更新されていた。
102: 名無し
住所特定完了
晒していい?
115: 名無し
いいんじゃね
あいつがやってきたことだし
134: 名無し
正義のためなら、仕方ない
エージェントは、画面を見つめた。
自分の言葉が、返ってくる。
自分のやり方が、適用される。
自分が作った構造が、自分を壊そうとしている。
エージェントは、スマホを置いた。
そして、窓の外を見る。
朝日が、眩しい。
でも、何も感じない。
指先が、冷たい。
マグカップには、ココアが入っている。
だが、飲めない。
甘さを、求められない。
スマホの画面に、新しい通知。
匿名掲示板。
新しいレス。
178: 名無し
投稿した
拡散よろ
エージェントは、画面を見なかった。
見る必要がない。
もう、止められない。
正義は、拡散される。
復讐は、続く。
そして——
自分も、案件になった。
【第4話 終わり】
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