第5話「それでも、投稿する人たちへ」

エージェントは、引っ越した。


地方の、小さな町。


駅から徒歩15分。

二階建てのアパート。

隣人の顔は、見えない。


部屋には、PCがない。


スマホは、解約した。


新しい携帯電話は、通話専用。


朝、起きる。


コンビニで、パンを買う。


図書館で、本を読む。


夕方、部屋に戻る。


夜、眠る。


何も起きない。


誰も来ない。


二週間が経った。


エージェントは、窓の外を見ていた。


雨が降っている。


外を歩く人たちは、皆スマホを見ている。


誰かを探しているわけではない。


ただ、画面を見ている。


エージェントは、窓を閉めた。


テーブルの上には、マグカップがある。


中身は、水。


ココアは、もう買っていない。


飲めないから。


三週間後。


エージェントは、コンビニで新聞を手に取った。


社会面に、小さな記事があった。


『SNS炎上で自殺者——匿名の誹謗中傷が原因か』


記事を読む。


被害者の名前は伏せられている。


加害者も、特定されていない。


ただ、「集団による誹謗中傷」とだけ書かれている。


エージェントは、新聞を棚に戻した。


一ヶ月後。


エージェントは、図書館で本を読んでいた。


隣の席に座った高校生が、スマホを見ている。


画面が見えた。


SNSのタイムライン。


投稿が流れている。


『【拡散希望】こいつマジで最低』


高校生は、リツイートした。


そして、次の投稿を開く。


エージェントは、本を閉じた。


そして、図書館を出た。


外は、晴れている。


駅前の広場では、人々がスマホを見ている。


笑っている人もいる。


怒っている人もいる。


誰かを探している人もいる。


エージェントは、アパートに戻った。


部屋に入る。


窓を開ける。


風が、入ってくる。


外からは、車の音が聞こえる。


人の声も、聞こえる。


世界は、普通に回っている。


その頃、都内のカフェ。


28歳の女性——名前は、ここでは必要ない——は、スマホを見ていた。


タイムラインに、新しい投稿が流れてくる。


投稿者:@justice_now_2025


フォロワー数:34,782人


『【案件報告No.127】不倫夫への制裁完了』


家族を裏切った男。

今も何食わぬ顔で生活しています。

しかし、正義は見ています。


画像:ぼかし処理された写真、証拠のスクリーンショット


コメント欄は、すでに埋まっている。


『スカッとした』

『こういうクズは晒されて当然』

『正義の代行者、GJ』


女性は、スクロールする。


投稿の文体が、どこかで見たことがある。


構成、画像の並べ方、キャプションの切り方——


復讐代行アカウント。


あのアカウントは、もう消えた。


運営者も、消えた。


でも、やり方は残っている。


しかも、もっと洗練されている。


もっと速い。


もっと過激。


女性は、投稿を見つめた。


この投稿は、正しいのだろうか。


この男は、本当に悪人なのだろうか。


証拠は、本物なのだろうか。


でも、考えるのをやめた。


証拠は添付されている。


コメント欄も、支持している。


フォロワーも、3万人以上いる。


だから、たぶん正しい。


女性は、「いいね」を押した。


そして、引用リツイート。


一言だけ、つける。


『正義のためなら、仕方ない』


送信。


投稿は、伸びる。


彼女のフォロワーが、さらにリツイートする。


コメントが、増える。


数字が、回る。


女性は、スマホを置いた。


コーヒーを一口飲む。


窓の外を見る。


晴れている。


人々が歩いている。


誰もが、スマホを見ている。


女性は、また画面を見た。


通知が来ている。


彼女の引用リツイートに、いいねがついている。


87件


リツイートも、されている。


43件


数字は、まだ増えている。


女性は、微笑んだ。


少しだけ、気持ちいい。


誰かを助けた気がする。


正しいことをした気がする。


画面には、次の投稿が流れてくる。


＀justice_now_2025の新しい投稿。


『【緊急案件】次のターゲット発表』


女性は、スクロールする。


読む。


考える。


そして——


いいねを押す。


数字だけが、残る。


フォロワー数:34,782人


いいね数:8,742件


リツイート数:15,203件


コメント数:2,891件


数字は、増え続けている。


今も。


この瞬間も。


誰かが、スマホを見ている。


誰かが、投稿を読んでいる。


誰かが、いいねを押している。


誰かが、拡散している。


復讐代行アカウントは、消えた。


運営者も、消えた。


でも、構造は残っている。


やり方も、残っている。


そして、誰かが——


次の「正義」を、投稿する。


【第5話 終わり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

復讐代行アカウントの末路~正義は、拡散される~ ソコニ @mi33x

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ