第3話「正義は、コピーされる」

朝。


エージェントは、いつも通りPCの前に座った。


《@revenge_agent》の通知をチェックする。


新しいDM、15件。新規フォロワー、昨夜から2,347人増加。企業案件の返信も、二社から届いている。


数字は、順調だった。


エージェントは、マグカップにココアを注ぎ、画面を切り替えた。


そして、気づいた。


タイムラインに、見覚えのある投稿形式が流れている。


『【案件報告No.12】不倫夫への鉄槌』


彼は家族を裏切りました。

しかし今も、何事もなかったように暮らしています。

これが許されますか?


画像:ぼかし処理された写真、証拠のスクリーンショット


投稿者:@revenge_helper


フォロワー数:8,742人


エージェントは、画面を凝視した。


このアカウントを、見た覚えがない。


だが、投稿の構成、キャプションの切り方、画像の並べ方——すべて、自分のやり方と酷似している。


エージェントは、アカウントを検索した。


@justice_proxy(フォロワー:12,389人)

@silent_punish(フォロワー:6,521人)


三つ。いや、さらに探せばもっとあるかもしれない。


すべて、この一週間で立ち上がったアカウント。


すべて、《@revenge_agent》を模倣している。


エージェントは、@revenge_helperの過去投稿を遡った。


投稿数:23件。


すべて「復讐代行」の報告形式。


だが、決定的な違いがあった。


依頼者からの証拠がない

裏取りをした形跡がない

噂レベルの情報をそのまま晒している

そして、言葉が過激だった。


『こういうクズは社会から消えろ』

『二度と表に出てくるな』


エージェント自身は、こういう言葉を使わない。


使う必要がないから。


だが、このアカウントは違う。


感情を煽る。断定する。敵を明確にする。


そして——伸びている。


エージェントは、マウスを握ったまま、動かなかった。


数秒後、マグカップに手を伸ばす。


ココア、九杯目。


口に含む。


甘さは、ない。


その日の午後。


エージェントは、判断した。


放っておく。


理由は単純だ。


模倣アカウントは情報の精度が低い

いずれ誤情報で炎上し、信用を失う

勝手に消える

それが、正しいと思った。


だが——


その夜、タイムラインに異変が起きた。


@justice_proxyの投稿が、急速に拡散されている。


『【緊急案件】略奪女の正体』


ある女性が、友人の夫を奪いました。

現在も交際中。

しかし彼女は、SNSで「幸せ」を発信し続けています。


画像:女性の顔写真(モザイクあり)、やり取りのスクリーンショット(真偽不明)


エージェントは、画像を拡大した。


スクリーンショットの解像度が低い。


時系列が不自然。


加工されている可能性が高い。


だが、投稿は伸びていた。


リツイート数:16,293件

いいね数:42,871件


コメント欄には、激しい言葉が並んでいる。


『こういう女マジで許せない』

『顔晒していいレベル』

『復讐代行GJ』


そして——決定的な一文があった。


『元祖の@revenge_agentもこういうのやってたよね。正義のためなら当然』


エージェントは、画面を見つめた。


自分の名前が、引用されている。


自分のやり方が、免罪符になっている。


翌朝。


エージェントは、タイムラインを開いた瞬間、異変に気づいた。


@justice_proxyの投稿が、削除されている。


アカウント自体も、凍結されていた。


理由は不明。運営の判断か、通報の結果か。


エージェントは、検索欄に「略奪女」と打ち込んだ。


関連ツイートが、数百件ヒットする。


その中に、一つだけ、気になる投稿があった。


『@justice_proxyが晒してた女性、今連絡取れないらしい』


『まさか…』


『いや、でも自業自得でしょ』


エージェントは、スクロールを続けた。


真偽は不明。


憶測かもしれない。


でも、否定もできない。


その夜。


DMに、新しいメッセージが届いた。


差出人:@anonymous_truth


本文:


『あなたの"編集"が、編集されずに使われています』


添付ファイル:@justice_proxyの投稿スクリーンショット


そして、次の一文。


『彼女、今連絡が取れません』


『あなたが教えた方法で、誰かが消えるかもしれません』


『それでも、あなたは"関係ない"と言えますか?』


エージェントは、画面を見つめた。


指が、震えている。


エージェントは、初めて、投稿を削除しようとした。


過去の投稿。模倣されたやり方。


だが、マウスを動かした瞬間——


通知が鳴った。


新しい引用リツイート。


『復讐代行の元祖が逃げようとしてる? 今さら責任逃れか』


エージェントは、手を止めた。


削除すれば、「逃げた」と言われる。


注意喚起を出せば、「偽善」と言われる。


何もしなければ、模倣者はさらに増える。


エージェントは、画面を閉じた。


そして、マグカップに手を伸ばす。


ココア、十杯目。


口に含む。


味は、しない。


指先は、冷たい。


深夜。


エージェントは、PCの前に座ったまま、動けなかった。


画面には、タイムラインが流れ続けている。


『復讐代行アカウント、また新しいの出てきた』

『もう何が本物か分からん』

『でもスカッとするからいいや』


そして、トレンドワードに表示されていた。


#復讐代行


エージェントは、独白した。


声には出さない。


ただ、心の中で。


私は、人を壊してきた。


でも——壊し方を教えた覚えはない。


画面の隅に、通知が表示される。


新しいアカウント。


@revenge_official

@justice_agent_2

@punish_system


数は、増え続けている。


「復讐代行」という言葉が、一人歩きしている。


その時、新しいDMが届いた。


差出人:@silent_regret_03(第2話の依頼者)


本文:


『あの人、今どうなっていますか?』


『私を晒したあと、何が起きたのか教えてください』


『私、まだ生きています。でも、あの人は?』


エージェントは、画面を見つめた。


返信できない。


知らない。


自分が晒した人が、その後どうなったのか。


模倣者が晒した人が、今どこにいるのか。


全て、知らない。


エージェントは、マグカップを口元に運んだ。


中身は、もう冷めている。


でも、十一杯目を注ぐ。


画面には、新しい通知が次々と表示される。


新しい依頼。新しいフォロワー。新しい模倣者。


正義は、コピーされ続けている。


制御は、もう効かない。


エージェントは、画面を消した。


だが、通知音は、鳴り止まない。


【第3話 終わり】

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