第六話 甘味の祝福


11 .


 


 「――暑いのぉ~」




 麦藁帽子の鍔をふにゃりと掴み、マリヤは心底うんざりした声を出した。


 真夏の陽射しが、舗道から照り返し、空気そのものが重たい。




 「もう少しです、頑張りましょう!」


 エレナはそう言って、歩調を緩めない。




 「お姉さん、アイス買ってよ~」


 「――何味がお好きなのですか?」




 マリヤは立ち止まり、少しだけ考える素振りをした。


 額の汗を拭いながら、


 「……う~ん。色々好きだけど――折角、日本ヤポーニャに来たから、今は抹茶アイスが食べたいの♪」


 と、にこりと笑う。




 「ぜひ、本場の味を御賞味ください♪


 ――きっと美味しいと思いますよ」




 「うん!」




 返事と同時に、マリヤは前を向いた。




 「じゃあ、先行くね!」


 そう言うが早いか、小さな影が人混みの中へ紛れていく。




 「あっ、待ってください!」


 エレナが呼び止めるが、もう遅い。




 「……元気だな」


 髙島は肩をすくめ、店先を見上げた。




 自動扉が開いた瞬間、冷気が流れ出す。


 それだけで、身体の熱が一段落ちた気がした。




 「少し、寄っていきましょう」


 エレナがそう告げ、店内へ足を踏み入れる。




 すでにマリヤは、アイスケースの前だ。


 「抹茶あった!」


 振り返って、手を振る。




 エレナは籠を取り、水を一本、牛乳を一本入れた。


 必要最低限の動作だった。




 そのとき。




 通路を進みかけたエレナの視線が、ふと、逸れた。




 ――音ではない。


 視界の端で、光が揺れた。




 レジ付近。


 天井から吊り下げられた小型テレビが、ニュース映像を映している。




 エレナは、無意識のまま、そちらを見ていた。




 黒煙に覆われたホーム。


 赤く染まる構内。


 見慣れた鐵道施設が、異様な色で歪んでいる。




 胸の奥で、何かが静かに一致した。




 「……」




 言葉は出ない。


 だが、目だけは離れなかった。




 「どうした?」


 遅れて、髙島が気づく。




 エレナは、画面を見つめたまま、淡々と答えた。




 「――あれっ」




 次の瞬間、


 無機質なアナウンサーの声が、スーパーのテレビに、均一に流れ始めた。




 


12.


 




 ―――速報です。


先ほど発生しました、國鉄総武線・淺草𣘺驛構内での火災について、新たな情報が入ってきました。


警察と消防によりますと、火災があった驛のホームから、男性とみられる合わせて七人の焼死体が発見されたということです。


この火災は午前八時半時ごろ、淺草𣘺驛のホーム付近で発生したもので、火は現在も延焼中で、帝都消防庁が消火活動にあたっています。


この影響で、総武線は現在も広範囲で運転を見合わせており、混乱が続いています。


警察は、発見された七人の身元の確認を急ぐとともに、事件・事故の両面で詳しい出火原因を調べる方針です。




 無機質なアナウンサーの声が、スーパーのテレビに、均一に流れていた。


 画面には黒煙に覆われたホームと、避難を続ける人々の姿。


 驛員や消防隊員は淡々と指示を出し、混乱の中にも一定の秩序は保たれている。




 「やられましたか―――」




 エレナが、感情を交えない声で呟いた。




 「やられたって、なにが?」




 「――吸血鬼ヴァンパイアハンターの方々です」




 ―――確かに、今日体験した様々な事を踏まえるのなら信じられなくもない。


 だが、それだけで吸血鬼の関与を断定するにはあまりにも弱い。




 「……なぜ、そう言い切れるんだ?」




 エレナは画面から目を離さない。




 「見てください。―――この火災現場には不自然な点があります」




 エレナは、映像をなぞるように言った。




 「驛構内は部分的に焼損していますが、建物そのものは焼失していません」




 煤に覆われた床。


 崩れた設備。


 焦げた天井。




 それでも、構造体は保たれていた。




 「通常の火災であれば、あの規模なら支柱や壁面に致命的な熱変形が生じます。


 ですが、そうなっていない」




 結論は簡潔だった。




 「吸血鬼の炎は、対象を選びます。


 燃やすのは“生きている対象”であって、建物ではありません」




 それは分析ではなく、既知の事実だった。




 「―――だから、それ以外の死傷者の情報がないのです」




 「……つまり、最初から現場は戦場だったと?」




 「はい。――人間さん同士の争いでは、ああはなりません」




 しばし、ニュース音声だけが流れる。




 「……エクソシストとは違うのか?」




 「ええ」




 エレナは静かに頷いた。




 「エクソシストは、直接刃を振るうことはほとんどありません。


 聖別された空間を構築し、祈祷や典礼、契約解除の儀式によって、吸血鬼の存在そのものを削ります」




 「殺す、というより……」




 「赦しを与えたうえで、存在を終わらせるが正確です。


 時間はかかりますが、その分、確実です。


 ですから。都市部で、火災のような痕跡を残すことはありません」




 一拍置いて、続ける。




 「対してハンターは、祝福を受けた聖具や銀剣、聖印入りの弾丸を用いて、肉体を破壊します。


 迅速ですが、現実的で……痕跡も多い」




 「その中でも、吸血鬼は例外か」




 「ええ。混血ダンピール含め、戰闘魔術が使えます」




 理由を語る口調は、当然の前提を述べるそれだった。




 「使える所以は、吸血鬼という存在そのものが、現実の生物ではなく――


 伝承や伝説として成立した存在だからです」




 「語られた結果として、存在していると」




 「はい。


 信仰、恐怖、寓話、迷信。


 そうした集合的な観念が形を持ったものです。


 だから、象徴や言語を媒介とする魔術と、根本的に相性が良いのです」




 「混血も、同じ理屈か」




 「完全な人間でも、完全な伝説でもない。


 その境界に立つからこそ、両方に触れられるのです」




 二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。


 


 ――この火災が、ただの事件で終わらないことだけは、はっきりしていた。

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