第4話 リサイクル・ロードの開拓
「おい、見ろよ。また『あのお方』がお見えだぞ」
アイゼングレイズ領の入り口、かつては泥濘(ぬかるみ)と鉄屑しかなかった場所に設けられた検問所。そこで荷運びの馬車を止めていた商人たちが、一斉に顔を上げた。
街道の向こうから、一人の少女が歩いてくる。 年齢は十五、六といったところか。白銀の髪は腰まで届き、陽光を反射して真珠のような光沢を放っている。軍服をアレンジしたような気品あるドレスを身に纏い、その背後には、かつての禍々しさを影に潜めた、精緻な時計細工のような「鉄傘(アイアン・アンブレラ)」の紋章が神々しく浮かんでいた。
「……あれが、アイゼングレイズ家の聖女様か」 「ああ。あまりの美しさに『銀の妖精』なんて呼ぶやつもいるが、俺たち商人に言わせりゃ、ありゃ『勝利の女神』だ。彼女が通った後は、金が降るっていうからな」
商人の一人が感嘆の溜息を漏らす。 ルナは、街道の脇に積み上げられた、数百台分はある戦車の残骸――「帝国軍の不法投棄物」の前に立った。
「ふふっ、今日もたくさん届いてる。これ、全部片付けたら、今夜は王都から届いたばかりの『完熟マンゴーのタルト』が待ってるんだから……!」
ルナが小さく、しかし情熱を込めて呟く。彼女の瞳が、獲物を狙う狩人のように――あるいは高級レストランのメニューを吟味する美食家のように、鋭く輝いた。
ルナがその白皙(はくせき)の右手を、戦車の山にかざす。
「――圧縮(プレス)」
瞬間、大気が「鳴った」。 空気が一瞬で吸い込まれるような音と共に、積み上げられた鉄の巨躯が、まるで見えない巨人の掌に押し潰されるように、みるみるうちに縮んでいく。
ギギギ、と鋼鉄が悲鳴を上げ、数秒後には、巨大な戦車群は一辺二メートルほどの「完璧な正六面体の鉄塊」へと姿を変えた。不純物は重力選別によって自動的に分離され、純度の高いクロム鋼と希少金属が、宝石のようにキラキラと地面に転がっている。
「すげえ……。重機百台使っても一ヶ月はかかる作業を、たった一瞬で」 「それだけじゃないぞ、見ろ! 彼女が歩く先を!」
ルナは満足げに頷くと、次は王都へと続く険しい山道に視線を向けた。 これまでは馬車が通るのもやっとだった岩だらけの道。ルナが優雅な足取りで一歩踏み出すたびに、足元の地面が「ドォン」という重低音と共に沈み込み、極限まで圧縮されていく。
彼女の歩いた跡には、どんな名工が敷いた石畳よりも滑らかで、強固な「舗装路」が出来上がっていた。
「重力魔法で大地をプレスして、即席の高速道路(ハイウェイ)を作るなんて……。あの方が歩くほど、アイゼングレイズの物流は加速するんだ」
作業を終えたルナは、額に浮かんだわずかな汗をレースのハンカチで拭った。 すると、どこからともなく、父アイゼンが巨大な戦車を二台、左右の脇に抱えて走ってきた。
「ルナ! 景気がいいな! 今日の分の『お宝』を追加だぞ!」 「お父様、早すぎます! でも、いいわ。これでお肉の輸入枠も増やせるものね!」
さらに、丘の上からは母イザベラの涼やかな声が響く。
「ルナ、アイゼン。遊びはそこまでよ。今作った『リサイクル・ロード』、すでに近隣諸国の商会から通行許可の申請が千件届いているわ。……ふふ、往復で金貨三枚、といったところかしら」
「お、お母様、それはちょっとボりすぎじゃ……」 「あら、ルナ。あなたが食べたいと言っていた『極北の幻の白熊肉』、あれ、輸入するのにどれだけのお金がかかると思っているの?」 「……通行料、金貨五枚でもいいと思います!」
ルナの現金な答えに、周囲のモブキャラたちは苦笑いを浮かべつつも、その圧倒的な豊かさに、誰もがアイゼングレイズ家への忠誠を新たにしていた。
だが、ルナの心にあるのは、経済の覇権でも、領地の繁栄でもない。 彼女が時折、王都へと続く道の先をじっと見つめるのは、あの日の思い出があるからだ。
(カイルさん……。私、今はもう、こんなにたくさん食べられるようになったんですよ。……いつか、この道を通って、あなたに会いに行きます。そして、私の大好きなものを、今度は私から、あなたに……)
ルナの胸元には、あの日おにぎりを包んでいた竹の皮が、大切に加工されたお守りとして、今も静かに揺れていた。
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