座標の埋葬:あるいは透明な献身
Tom Eny
彼女が捨てた安物のキーホルダーは、一人の男が命を懸けて守り抜いた『嘘』の証だった。誰にも知られることのない、透明な献身の記録。
彼女が捨てた安物のキーホルダーは、一人の男が命を懸けて守り抜いた『嘘』の証だった。誰にも知られることのない、透明な献身の記録。
I. 献身の遺言(サトウの未送信メモ)
座標を僕が引き受ける。ハヤトがここへ来れば、僕は「裏切ったユキ」として死ぬだろう。それでいい。僕の死体に彼女の影が混ざれば、この事件は「異常者同士の縺れ」として埋葬される。 ユキさん。あなたは何も知らず、ただ明日へ歩いて。
II. 狂信の残響(ハヤトの獄中手記)
警察は、僕が殺したのは「サトウ」だと言い張る。だが、座標は嘘をつかなかった。赤い点はあのアパートで確かにユキと重なっていた。僕は、僕を裏切ったユキを、永遠に僕だけのものにしたんだ。
III. 歪んだ記録(刑事の捜査報告書・私記)
本件は「痴情の縺れ」として結了。だが不自然だ。サトウがなぜ彼女の AirTag を持っていたのか、なぜ彼女の身代わりの姿で死んだのか。まるで誰かが意図的に「歪んだ真実」を差し出したかのようだ。だが証拠はない。記録上、サトウはただの変質者として処理される。
IV. 忘却の空(一年後のエピローグ)
ユキは、一年前まで勤めていたビルの前を通りかかった。
エントランスの隅には、使い込まれた清掃用のカートが置かれている。モップの柄に巻かれた古いビニールテープ、丁寧に手入れされたブラシ。サトウが毎日、誰の目にも触れぬよう磨き上げ、愛用していた道具たちだ。 ユキは一瞬だけ、そのカートに視線を向けた。
「……あ」
かつて、この道具を操っていた影の薄い男。自販機の前で深く頭を下げて去っていった、名も知らぬ清掃員。その背中を思い出しかけたが、友人の呼ぶ声が彼女を現実に引き戻した。 「どうかしたの?」 「ううん、何でもない。……行こうか」 ユキは微笑み、再び歩き出す。
サトウが最期に見た景色は、ユキの姿を模した偽物の自分と、それを切り刻む狂気の刃だけだった。 今、ユキが見ている景色は、誰にも汚されていない、どこまでも澄み渡った青空だ。
サトウの献身は、誰にも知られることなく、警察の記録の中で**「歪んだ愛の犠牲者」**という、冷たい五文字の事実として、永遠に、そして完璧に埋葬された。
座標の埋葬:あるいは透明な献身 Tom Eny @tom_eny
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