命の重さを知るからこそ、私は「やさしい世界」を書く



創作において、私にはどうしても譲れない「好き」と「嫌い」があります。


たとえば、誰かの命が簡単に奪われてしまうような展開。


あるいは、誰かを貶めることで快感を得る「ざまぁ」展開や、主人公だけが圧倒的に強い「俺TUEEE(俺最強)」系の物語は、どうしても苦手なのです。


「死」というものの背景には、必ず言葉にできないほどの葛藤があります。


命が失われること、それを単なるエンターテインメントの道具として扱うことに、私の心がどうしても拒絶反応を示してしまう。


それは、私のこれまでの歩みが関係しているのかもしれません。



かつて私は、医療従事者として現場に身を置いていました。


地方病院の救急外来(ER)。

特に、あの未曾有のコロナ禍。


『ブルーインパルスが空を舞う下で、私は吐瀉物にまみれていた』

https://kakuyomu.jp/works/822139842659731873


以前、別個のエッセイにそう綴ったことがありますが、当時は創作に励む余裕など一ミリもありませんでした。ただ、目の前の命を繋ぎ止めるために、自分自身を削り、生き抜くことで精一杯だったのです。


医療の現場は、時に目を背けたくなるほど残酷です。


老若男女、すべての人に平等な時間が与えられるわけではないこと。

命の終わりは、ある日、あまりにも唐突に、そして無慈悲に訪れること。


泣き叫ぶご家族を前に、それでも私たちは、事務的に業務をこなさなければならない瞬間があること。


そんな日々を嫌というほど見てきたからこそ、私はもう、物語の中でまでその残酷さを繰り返したくはないのです。


私の描く物語は、たとえ苦しみの中にあったとしても、そこにある「小さな幸せ」を掬い上げるようなものでありたい。


誰か一人を「当て馬」にして踏み台にしたり、誰かを「負け犬」にして笑ったりしない。


誰もが誰かの大切な人であり、誰もが幸せになる権利を持っている。


そんな信念を胸に、私は今日も「やさしい世界」を紡いでいます。


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