第一話 五発の銃弾

 意識を飛ばしていたのか? それとも夢?


 いいや、この俺、六乃ろくのはさっきのが、いつの日かの記憶だと思い出した。


 同時に、目の前の光景に、思案の時間があまり残されていないと急かされる。


 撃鉄を起こす軽い音だ。


 命を軽いに変換してしまう。人を狂気にはしらせる畏怖すべき音。


 黒く、細く、短い口が額に付けられる。


 冷たく、固い。


 男が口を開く。


「すまないな」


 いやだ! いやだ! 俺はまだ、命を手放したくない!


 男は息を吸い込み、俺の眼を見据える。


 ああ。くそ! 俺は、反射的に目を瞑る。


 一秒、二秒、三秒と、時間だけが過ぎていく。


 これが、か? 良かった。痛みも何もない。幸運だ!


 俺は瞼を開く。


 そこには、電灯が明るく照らす白い病室のような風景が広がる。これが、天国か? 


 いや、それとも……


 待て。何故、がいるんだ?


 死後の世界と思われる、そこには、さっきと同じように男が、銃口をこちらに向けていた。


 先程と違うのは、白目をむき、泡を吹いている。


 俺は、銃口の前から、身をずらし、男に手を触れる。


 かすかに押すと、男は後ろに倒れていき、床に響く鈍い音。遅れて火薬を炸裂させる光と、強烈な衝撃が周囲を満たす。




『先生、優弥ゆうやだけなんですか?』


 壁の向こうの部屋から漏れるその声は、懐かしい女性の声だ。

 

 ああ、母さんだ。


 俺の眼にを一つ作る。


 けれども、聞くのに堪えない悲痛な叫びだ。


 その叫びに淡々とした事務的な男性の声が答える。


『いえ、彼以外にもいますが、彼も実験対象に該当します』


『じゃあ、優弥ゆうやはまだ、子供なので、まだいいじゃないですか』


 縋りつく、男性の懐かしい声だ。


 ああ、父さんだ。


 俺の眼にを二つ作る。

 

 俺は、水たまりを袖で拭い、部屋の扉の前に立つ。この、扉を開けて、ただ、ただ、を口にすればいい。


 なにをためらうのだ!

 

『みゃあ』


 ネコのミィ太が足元に何度も体をこすりつけ、こちらを見上げ、可愛く、けれども、寂しげに泣き声を実家の廊下に染みわたらせる。


『ごめんな――――――行ってくるよ。ミィ太』 


 扉を開けて、椅子に座りこちらを見上げる三人に、言葉が詰まる。決意が揺らぐ。


 今まで感じたことがないほど、口が重い。舌が固まる。


 口内だけが別の生き物みたいな感覚だった。


 でも、俺は言葉を口にできたのだ。


『俺、




 また、記憶が蘇る! ああ、いかなくちゃ。帰らなきゃ!


 俺は、棺桶のような揺り籠から、身を躍らせる。思ったより、床を高く感じ、膝が変に曲がり、前に躓く。


 固い床に倒れこみ、痛みに呻く俺の前に、先程の銃が、天井の電灯の光を浴びて、鈍く、けれども、確実にその存在を俺に訴える。


 それは、映画やニュ―スでよく見るリボルバ―銃だった。


 俺はそれを手に取る。


 一、二、三……六発弾が入る銃だ。


 さっきこの男が倒れたときに一発でたから、


 それを片手に持ち、立ち上がる。


 俺は、倒れる男を視界に入れないようにし、部屋を見回す。


 そして、一つしかない扉に足を向ける。


 その扉が、この俺、六乃ろくの 優弥ゆうやが帰る日常へと続くことを願い。

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