第17章 魔王のプロパガンダ——恐怖の支配
クロートの「覚醒」から、さらに一ヶ月が経った。
勇者パーティーの認知度は、ついに七十パーセントを突破した。
支持率も順調に上昇し、王国中で「勇者アルト」の名を知らない者はいないほどになっていた。
しかし——
その日、事態は急変した。
◆
早朝。
王城に、緊急の報告が入った。
「魔王軍が——動いた?」
クロートは、エリザベート王女からの報告を聞いて、顔色を変えた。
「はい」
王女の表情も、険しかった。
「王国東部の防衛線が、一夜にして突破されました。三つの要塞が陥落。死傷者は——数千人規模と推定されています」
「三つの要塞が——一夜で?」
「魔王軍の本隊が、ついに動いたのです。封印が完全に解けたのでしょう」
クロートは、拳を握りしめた。
(ついに——始まったか)
ここまでは、準備期間だった。勇者パーティーの認知度を上げ、支援を集め、魔王との決戦に備える——それが、クロートのミッションだった。
しかし、準備は完了していない。
まだ——
「状況を、詳しく教えてください」
◆
状況は、想像以上に深刻だった。
魔王軍は、単なる軍事力だけで攻めてきたわけではなかった。
「『絶望の囁き』——?」
「はい」
エリザベートが、苦い表情で説明した。
「魔王が放つ、一種の精神攻撃です。聞いた者の心に、『絶望』と『諦め』を植え付ける」
「……」
「東部の兵士たちは、戦う前から戦意を喪失しました。『どうせ勝てない』『逃げるしかない』と。——結果、要塞は抵抗らしい抵抗もできずに陥落したのです」
クロートの背筋が、冷たくなった。
(神が言っていたことは、これか)
『魔王ヴァルハザードが本当に支配しているのは、軍勢ではない。恐怖と絶望だ。人々の心に巣食う「諦め」こそが、奴の最大の武器だ』
魔王の本当の武器は——
「プロパガンダ、か」
「何?」
「魔王は、軍事力で勝とうとしているんじゃない。人々の心を折ることで——戦わずして勝とうとしている」
クロートは、立ち上がった。
「これは——俺の土俵だ」
「土俵?」
「情報戦です、王女殿下」
クロートの目に、闘志が宿った。
「魔王が『絶望』を広めるなら、俺たちは『希望』を広める。——これは、言葉の戦いだ」
◆
緊急会議が開かれた。
出席者は、クロート、勇者パーティー、エリザベート王女、そして——宰相マルクス・グレイブ。
宰相は、相変わらず険しい表情だった。
「宣伝局長。状況は、ご存知の通りだ」
「はい」
「魔王軍は、王都に向けて進軍している。あと二週間で、王都に到達する」
「……」
「騎士団は、防衛線の再構築を急いでいる。しかし——」
宰相の声が、低くなった。
「兵士たちの士気が、壊滅的だ。『絶望の囁き』の影響で、脱走者が続出している」
クロートは、頷いた。
「予想通りです」
「予想通り、だと?」
「魔王の本当の武器が、精神攻撃だということは——以前から想定していました」
宰相の眉が、わずかに動いた。
「ならば、対策はあるのか」
「あります」
クロートは、全員を見回した。
「『希望の灯火作戦』。——俺が、この日のために準備してきた計画です」
◆
クロートは、作戦の概要を説明した。
「魔王の『絶望の囁き』は、一種の情報操作です。人々の心に、ネガティブなメッセージを植え付ける」
「……」
「対抗するには、それ以上に強い『ポジティブなメッセージ』を植え付けるしかない」
クロートは、地図を広げた。
「まず、全土に吟遊詩人を派遣します。『守り手の歌』を、すべての村、すべての街で歌わせる」
「すべての村に?」
「はい。ラシェルが中心となり、吟遊詩人ギルドを総動員します。すでに、協力の約束は取り付けてあります」
クロートは、地図の別の場所を指した。
「次に、教会の鐘を一斉に鳴らします。王都から辺境まで、すべての教会で」
「鐘?」
「『希望の鐘』です。魔王の『絶望の囁き』に対抗する、音のシグナル。——鐘の音が聞こえたら、『勇者が戦っている』『希望を捨てるな』というメッセージだと、事前に周知しておきます」
エリザベートが、目を見開いた。
「国土全体を——メディアにするということですか」
「その通りです。吟遊詩人の歌、教会の鐘、そして——」
クロートは、勇者パーティーを見た。
「お前たち自身の言葉」
アルトが、驚いたように顔を上げた。
「俺たちの……?」
「勇者パーティーが、各地を回って、民衆と直接対話する。『俺たちは、あなたたちのために戦う』と。——それが、最も強いメッセージだ」
沈黙が、会議室に落ちた。
やがて、宰相が口を開いた。
「……大胆な計画だ」
「はい」
「成功する保証はあるのか」
「ありません」
クロートは、正直に答えた。
「でも——やるしかない。他に方法はありません」
宰相は、しばらくクロートを見つめていた。
やがて、深い溜息をついた。
「……わかった。許可しよう」
「宰相閣下——」
「私は、まだお前を完全には信用していない。しかし——」
宰相の目に、かすかな光が宿った。
「今は、お前に賭けるしかないようだ」
クロートは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
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