第16章 透の過去——前世の罪
チームビルディングの夜から、一週間後。
勇者パーティーは、王都に戻っていた。
認知度は六十パーセントを超え、支持率も順調に上昇している。すべてが順調——
そう見えた。
しかし、クロートの心には、ずっと引っかかっているものがあった。
◆
ある夜。
オフィスで一人、報告書を読んでいたクロートは——
ふと、手が止まった。
羊皮紙に書かれた文字が、かすんで見える。
(俺は——何をやっているんだ)
前世の記憶が、蘇ってきた。
広告代理店時代。クライアントの欠陥商品を、知っていながら売り出した案件。
あの時——
◆
(回想)
「黒崎さん、この商品——データが改ざんされてます」
部下の声が、まだ耳に残っている。
「効果がないのに、あるように見せかけている。これ、消費者庁に通報されたら——」
「わかってる」
透は、部下の報告を遮った。
「でも、クライアントが『出せ』と言っている。このキャンペーンを中止したら、うちは契約を切られる」
「でも——」
「俺が責任を取る。お前は、何も見なかったことにしろ」
結果——
キャンペーンは成功した。売上は伸び、会社の数字は達成された。
しかし、商品を買った消費者の中に、健康被害を訴える者が現れた。
問題が発覚し、クライアントは訴訟を起こされた。透の会社も、責任を問われた。
透は——逃げた。
責任を、部下に押し付けた。
自分は「知らなかった」ことにして——
◆
(回想終わり)
「……」
クロートは、頭を抱えた。
あの時の罪は、今も胸に刺さっている。
消費者を傷つけた。部下を裏切った。——自分は、嘘つきだ。
今、この世界で「嘘はつかない」と言っている自分が——
偽善者に思えた。
◆
その時、扉がノックされた。
「クロート?」
入ってきたのは、セレナだった。
「こんな夜中に、何やってるの」
「……仕事だ」
「嘘ね」
セレナは、クロートの隣に座った。
「顔色が悪いわよ。何かあった?」
「……」
「言いたくないなら、いいけど」
セレナは、窓の外を見た。
「でも——あんた、あの夜、私たちに過去を話してくれたじゃない」
「ああ」
「だったら——もう少し、詳しく聞かせてくれない? 前の世界で、何があったのか」
クロートは、長い息を吐いた。
そして——
すべてを、話した。
◆
話し終えた後、セレナはしばらく黙っていた。
やがて、静かに口を開いた。
「……あんた、馬鹿ね」
「何?」
「自分を責めすぎよ」
セレナは、クロートを真っ直ぐに見た。
「あんたは、過ちを犯した。——でも、それを償おうとしている。今、ここで」
「……」
「私も、犯罪者だった。ガルドも、リゼットも——みんな、過去がある。でも——」
「でも?」
「今、ここで、正しいことをしようとしている。それでいいじゃない」
クロートは、セレナを見つめた。
「……そうか」
「そうよ。——あんた、いつも私たちに言ってるじゃない。『過去は変えられない。でも、未来は作れる』って」
「……言ったっけ」
「言ったわよ。自分で言ったことくらい、覚えておきなさい」
セレナは、立ち上がった。
「さ、もう寝なさい。明日も、やることはたくさんあるんでしょ」
「……ああ」
クロートも、立ち上がった。
「セレナ」
「何」
「……ありがとう」
セレナは、少し照れくさそうに目を逸らした。
「別に。——あんたが潰れたら、私たちも困るからね」
そう言って、彼女は部屋を出ていった。
◆
一人になったクロートは、窓の外を見た。
夜空には、星が瞬いている。
(広告は——騙す技術じゃない)
セレナの言葉が、胸に響いていた。
(真実を——届ける技術だ)
前世では、それを忘れていた。売上のため、数字のため、評価のため——本当に大切なことを、見失っていた。
でも、今は違う。
今の自分は——
「真実を伝えるために、ここにいる」
クロートは、静かに呟いた。
その言葉は、自分自身への誓いだった。
第五部 決戦前夜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます