第14章 アルトの覚醒——ブランドの体現者



 炎上騒動から二週間後。


 勇者パーティーは、東部の小さな村に滞在していた。


 魔物討伐の帰り道、アルトが——


 姿を消した。


「何? アルトがいない?」


 クロートは、報告を聞いて立ち上がった。


「はい」


 セレナが、険しい顔で言った。


「朝起きたら、部屋がもぬけの殻でした。置き手紙が——」


 セレナが差し出した紙には、震える字で書かれていた。


『俺は、もう無理だ。勇者なんて、俺には荷が重すぎる。みんな、ごめん』


 クロートは、紙を握りしめた。


「探すぞ」


     ◆


 アルトは、村の外れの丘の上にいた。


 膝を抱えて座り込み、夜空を見上げている。


 クロートは、静かに近づいた。


「アルト」


「……クロート」


「逃げるのか」


 アルトは、答えなかった。


 クロートは、隣に座った。


 しばらく、沈黙が続いた。


 やがて、アルトが口を開いた。


「俺は……勇者じゃない」


「……」


「神剣が抜けただけだ。俺自身は、何も変わってない。弱くて、臆病で、何もできない——」


「何もできない?」


「ベルン村の人たちを、守れなかった。五十人以上が死んだ。俺がもっと強ければ——」


「違う」


 クロートは、きっぱりと言った。


「お前は、アーデル村を守った。百人以上の命を救った」


「でも——」


「同時に二つの場所にいることはできない。それは、誰にもできないことだ。お前だけの責任じゃない」


「……」


「アルト。お前は、完璧じゃなくていい」


 アルトが、顔を上げた。


「完璧じゃなく……?」


「そうだ。完璧な人間なんて、いない。お前は、失敗する。助けられない人がいる。それでも——」


 クロートは、アルトの目を真っ直ぐに見た。


「それでも、立ち上がり続けることが、勇者なんだ」


「……」


「お前は、飢饉で家族を失った。助けを求めても、誰も来なかった。——その時、お前は諦めたか?」


 アルトの目が、揺れた。


「いや……」


「立ち上がっただろう。神殿に行き、神剣を抜いた。——それが、お前だ」


「……」


「完璧じゃなくていい。失敗してもいい。それでも立ち上がり続ける——その姿が、人の心を動かすんだ」


 アルトは、しばらく黙っていた。


 やがて、涙が頬を伝った。


「俺は……まだ、戦えるのか」


「戦える。お前は、俺たちの勇者だ」


「……」


 アルトは、立ち上がった。


 夜空を見上げ、深く息を吸い込んだ。


「……クロート」


「何だ」


「俺、もう逃げない。最後まで——戦う」


 クロートは、静かに頷いた。


「それでいい。——さあ、戻ろう。みんなが待ってる」


     ◆


 翌日。


 アルトは、村人たちの前に立った。


 クロートの用意した脚本はない。自分の言葉で——


「皆さん」


 アルトの声は、まだ震えていた。


「俺は、完璧な勇者じゃありません」


 村人たちが、静まり返った。


「弱いし、臆病だし、失敗もする。——ベルン村の人たちを、守れなかった。それは、俺の——俺たちの力不足です」


「……」


「でも」


 アルトの声が、少しだけ強くなった。


「俺は、諦めません。できることを、やり続けます。一人でも多くの人を——守りたいから」


 村人たちの表情が、変わっていく。


「完璧じゃなくても——それでも、俺は戦います。みんなのために」


 沈黙があった。


 やがて、一人の老人が拍手を始めた。


 続いて、別の村人が。


 そして——


 拍手が、村中に広がった。


「頑張れ、勇者!」


「俺たちも、応援してるぞ!」


「負けるな!」


 アルトの目から、涙が溢れた。


     ◆


 クロートは、遠くからその光景を見つめていた。


「……アルトが、自分の言葉で語り始めた」


 隣に立つセレナが、呟いた。


「あんたの脚本なしで」


「ああ」


 クロートは、静かに笑った。


「これが、本当のブランディングだ」


「本当の?」


「俺が言葉を作るんじゃない。アルト自身が、自分の言葉で語る。——それが、最も説得力がある」


 セレナは、しばらくアルトを見つめていた。


「……あの子、変わったわね」


「ああ。成長した」


「あんたのおかげかもね」


「違う」


 クロートは、首を振った。


「アルト自身の力だ。俺は、きっかけを作っただけ」


 セレナは、皮肉げに笑った。


「相変わらず、変な人ね」


「よく言われる」


 空には、朝日が昇り始めていた。


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