第11章 危機管理——スキャンダル発生



 教会との提携から二週間後。


 その日、クロートは宣伝局のオフィスで、いつものように報告書を読んでいた。


 認知度三十パーセント。好感度も上昇傾向。順調だ——


 そう思った矢先、扉が乱暴に開かれた。


「クロート!」


 飛び込んできたのは、セレナだった。


 普段の余裕ある態度は消え、顔は蒼白になっている。


「どうした」


「大変なの。私の——私の過去が、バレた」


「過去?」


「義賊時代のこと。『勇者パーティーに犯罪者がいる』って、街中で噂になってる」


 クロートの表情が、引き締まった。


「詳しく聞かせてくれ」


     ◆


 事態は、深刻だった。


 何者かが、セレナの過去を掘り起こし、街中にビラをまいている。


『知っていますか? 勇者パーティーのメンバー、セレナ・クロウは、元犯罪者です。彼女は貴族の屋敷を荒らし回り、財宝を盗んだ盗賊でした。そんな者が「勇者の仲間」を名乗る資格があるのでしょうか?』


 ビラは、市場、酒場、街角——至る所にまかれていた。


 街の人々の間では、すでに噂が広がっている。


「勇者パーティーに犯罪者がいるんだって」


「やっぱり怪しいと思ってたんだ」


「神託なんて、信じられないね」


 認知度が上がった分、ネガティブな情報も広まりやすくなっていた。


     ◆


 オフィスに、勇者パーティー全員が集まった。


 セレナは、壁にもたれかかり、うつむいている。


「……ごめんなさい。私のせいで——」


「謝る必要はない」


 クロートは、きっぱりと言った。


「これは、敵の攻撃だ。誰かが、意図的に情報をリークしている」


「敵?」


 ガルドが、眉をひそめた。


「宰相の手の者か」


「可能性はある。しかし、今は犯人探しより、対応が先だ」


 クロートは、全員を見回した。


「二つの選択肢がある」


「選択肢?」


「一つ目は、無視する。時間が経てば、噂は収まるかもしれない」


「……」


「二つ目は、先手を打つ。セレナの過去を、こちらから公開する」


 セレナが、顔を上げた。


「公開? 自分から?」


「そうだ。隠そうとするから、疑われる。逆に、正直に話せば——」


「でも、私は犯罪者だったのよ。それを認めたら——」


「認めた上で、『なぜそうなったか』を語る」


 クロートは、セレナの目を見つめた。


「お前は、孤児だった。貧民街の子供たちを救うために、盗みを働いた。——その動機を、正直に伝えれば」


「……」


「人は、『完璧な英雄』より『過ちを乗り越えた人間』に共感する。お前の物語を、『改心の物語』として再構成するんだ」


 セレナは、しばらく黙っていた。


 やがて、小さく笑った。


「……あんた、本当に変な人ね」


「よく言われる」


「私の過去を、武器にするって?」


「武器になるよ。お前の過去は、弱みじゃない。強みだ」


 セレナは、長い息を吐いた。


「……わかった。やってみる」


     ◆


 三日後。


 王都の中央広場で、セレナ・クロウによる公開スピーチが行われた。


 事前に告知を出し、多くの民衆が集まっている。


 セレナは、広場の中央に立った。


 緊張で手が震えている。しかし、その目には決意があった。


「皆さん。私はセレナ・クロウ。勇者パーティーのメンバーです」


 群衆が、静まり返った。


「噂は、本当です。私は——元犯罪者です」


 どよめきが、広がった。


「私は、孤児でした。貧民街で育ちました。親の顔も知らない。物心ついた時には、ゴミ箱を漁って生きていた」


    「……」


「そんな子供が、貧民街にはたくさんいました。飢えて、凍えて、死んでいく子供たち。騎士団も教会も、誰も助けてくれなかった」


 セレナの声が、わずかに震えた。


「だから、私が助けることにしました。貴族の屋敷から金品を盗み、子供たちに分け与えた。——それが、私の罪です」


 群衆の中から、声が上がった。


「盗みは盗みだ!」


「犯罪者が勇者の仲間なんて!」


 セレナは、その声を受け止めた。


「おっしゃる通りです。盗みは、罪です。正当化はできません」


「……」


「でも——」


 セレナは、群衆を見回した。


「あの時、他に何ができましたか。子供たちは、明日にも死んでしまう。大人たちは、誰も助けてくれない。——私には、あれ以外の方法が、思いつかなかった」


 群衆が、黙り込んだ。


「私は、今も完璧な人間じゃありません。過去は消えない。でも——」


 セレナの目に、涙が浮かんだ。


「もう二度と、同じことはしないと誓います。今度は——正しいやり方で、人を救いたい。だから、勇者パーティーにいるんです」


 沈黙が、広場を支配した。


 やがて——


 一人の老女が、前に出てきた。


「あんた……あんた、貧民街の子供たちに、パンを配ってた女の子かい?」


 セレナが、驚いたように振り向いた。


「……え?」


「私の孫がね、あんたにパンをもらったんだよ。十年前。今は、立派に働いてる」


 老女は、セレナの手を握った。


「ありがとう。あんたのおかげで、孫は生き延びられた」


 群衆の中から、別の声が上がった。


「俺も……俺も、あの時パンをもらった一人だ」


「私も」


「俺の弟も」


 次々と、声が上がった。


 セレナは、呆然と立ち尽くしていた。


「……こんなにいたの?」


 涙が、頬を伝った。


「私が助けた人たち……こんなに……」


 群衆の雰囲気が、変わった。


 敵意が、共感に変わっていく。


 クロートは、広場の隅からその光景を見つめていた。


(成功だ)


 セレナの「過去」は、「弱み」から「強み」に変わった。


 彼女は、もう「犯罪者」ではない。


 「過ちを乗り越え、正しい道を選んだ人間」だ。


     ◆


 スピーチの後、認知度は一時的に下がったものの、すぐに回復した。


 むしろ、勇者パーティーに対する「共感」が増えた。


「あの人たち、完璧じゃないんだ」


「でも、だからこそ信じられる」


「俺たちと同じ、普通の人間なんだ」


 クロートは、オフィスで報告書を読みながら、満足げに頷いた。


(危機管理、成功)


 しかし、戦いはまだ終わっていない。


 次の敵が、すでに動き始めていた。


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