第10章 メディアバイイング——教会との取引
貴族議会から一週間後。
クロートは、新たな戦場に足を踏み入れていた。
王国中央教会——この国最大の宗教組織であり、最も影響力のある「メディア」だ。
教会の説教は、毎週日曜日に全国の礼拝堂で行われる。識字率が低いこの世界において、教会は民衆に情報を伝える最も効果的な手段だった。
(テレビCMに相当する、か)
前世の感覚で言えば、教会は「マスメディア」だ。ここを押さえれば、一気に全国に情報を届けられる。
しかし、教会を動かすのは簡単ではない。
◆
中央教会の大聖堂は、王城に匹敵する威容を誇っていた。
白亜の壁、高い尖塔、ステンドグラスから差し込む虹色の光。荘厳な空間が、訪れる者を圧倒する。
クロートは、大司教オルランドとの会談に臨んでいた。
オルランドは、六十代の老人だ。穏やかな笑みを浮かべているが、その目は鋭い。長年の宗教政治で鍛えられた、食えない人物だ。
「サキアス卿。お噂はかねがね」
「恐れ入ります、大司教猊下」
「勇者プロジェクトのこと、存じております。——で、本日は何用で?」
クロートは、単刀直入に切り出した。
「教会のご協力をお願いに参りました」
「協力、とは?」
「説教の中で、勇者支援のメッセージを伝えていただきたいのです」
オルランドの眉が、わずかに動いた。
「つまり、教会を宣伝の道具にしたい、と?」
「道具、とは思っていません。むしろ、パートナーシップです」
「ほう?」
「教会にも、メリットがあります」
クロートは、資料を取り出した。
「魔王が復活すれば、何が起こりますか。戦争、破壊、そして——信仰の危機です」
「信仰の危機?」
「人々は、神に祈っても救われないと感じるでしょう。『神はなぜ魔王を止めないのか』と。教会への信頼は、失墜します」
オルランドの表情が、わずかに変わった。
「しかし」
クロートは続けた。
「勇者が魔王を倒せば、どうなりますか。『神が遣わした勇者が、世界を救った』。教会の権威は、飛躍的に高まります」
「……」
「私が提案するのは、『勇者の加護は神の御業』という物語です。勇者アルトは、神の意志を体現する存在。彼を支援することは、神の御心に沿うこと。——この物語を、教会の教義に組み込んでいただきたい」
オルランドは、しばらく黙っていた。
やがて、穏やかな声で言った。
「サキアス卿。あなたは、なかなかの策士ですな」
「恐縮です」
「しかし、教会が動くには、それ相応の『見返り』が必要です」
「おっしゃってください」
「勇者が魔王を倒した暁には、教会の功績として記録すること。そして——」
オルランドの目が、鋭く光った。
「新たな聖堂の建設に、王室からの寄進を取り付けていただきたい」
クロートは、即答を避けた。
「王女殿下と相談させてください」
「結構です。一週間以内に返答を」
「承知しました」
◆
王城に戻ったクロートは、エリザベートに報告した。
「教会の条件は、聖堂建設への寄進……」
王女は、眉をひそめた。
「財政状況を考えると、厳しい要求です。しかし——」
「メディアの力は、代えがたい」
クロートは、頷いた。
「教会の協力が得られれば、認知度は一気に跳ね上がります。投資対効果としては、十分にペイする」
「……わかりました。交渉を進めてください」
こうして、教会との取引は成立した。
翌週から、全国の礼拝堂で「勇者支援」のメッセージが説教に織り込まれ始めた。
勇者アルトの認知度は、十五パーセントから三十パーセントに跳ね上がった。
しかし——
新たな問題が、すぐそこまで迫っていた。
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