第9章 プレゼンテーション——貴族を説得せよ
「守り手の歌」が街に広まってから、二週間が経った。
王都における勇者アルトの認知度は、三パーセントから十五パーセントに上昇した。
劇的な変化だ。しかし、クロートは満足していなかった。
(認知度だけじゃ、意味がない)
人々がアルトの名前を知っても、それだけでは何も変わらない。必要なのは「支援」だ。資金、物資、人員——勇者パーティーが魔王と戦うために必要なリソースを、確保しなければならない。
そのためには——
「貴族議会を動かすしかない」
クロートは、エリザベート王女と会談していた。
「貴族議会……」
王女の表情が、曇った。
「サキアス卿。それは、非常に困難な道です」
「承知しています」
「議会の過半数は、宰相マルクス・グレイブが握っています。彼は勇者プロジェクトに反対している。予算を通すためには、彼を説得するか——」
「あるいは、彼が反対できない状況を作るか」
クロートは、頷いた。
「認知度十五パーセントでは、まだ弱い。しかし、このまま放置すれば、いずれ認知度は頭打ちになる。次の手を打つ必要がある」
「次の手とは?」
「議会でのプレゼンテーションです」
エリザベートが、目を見開いた。
「プレゼンテーション?」
「勇者プロジェクトの意義、効果、そしてROI——投資対効果を、貴族たちにプレゼンする。彼らが納得すれば、予算は通る」
「しかし、貴族たちは——」
「データと論理だけでは動かない。感情にも訴える必要がある。——両方を使います」
クロートは、手元の資料を広げた。
「議会は、いつですか」
「……三日後です」
「時間がない。すぐに準備を始めます」
◆
三日間、クロートは不眠不休でプレゼン資料を作成した。
前世の広告代理店時代に培ったスキルが、今ここで活きる。
数字、グラフ、ストーリー——すべてを組み合わせ、貴族たちの心を動かすためのプレゼンテーションを設計する。
そして、三日後——
◆
貴族議会は、王城の大広間で開かれた。
円形の議場に、数十名の貴族たちが着席している。中央には演壇があり、その周囲を取り囲むように席が配置されている。
最前列の中央に、宰相マルクス・グレイブが座っていた。
白髪の老人だ。痩せた体に、しかし鋭い目。長年の政治経験で鍛えられた、油断のない表情。
(あれが、俺の「敵」か)
クロートは、演壇に立った。
数十の視線が、自分に集中する。
緊張はある。しかし、ここで怯むわけにはいかない。
「皆様、本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
クロートは、深く一礼した。
「私は、王国宣伝局長のクロート・サキアスです。本日は、『勇者支援プロジェクト』について、ご説明させていただきます」
◆
プレゼンは、三部構成だ。
第一部:現状分析。
「まず、現状を確認させてください」
クロートは、大きな羊皮紙に描かれた図を指し示した。
「この一年で、王国東部の村落被害は三十二件。死者は二百名を超えています。騎士団の派遣も行われていますが、対処が追いついていません」
貴族たちの表情が、微妙に変わった。東部の被害は、彼らにとっても無視できない問題だ。
「魔物の出現頻度は、過去五年で三倍に増加しています。このペースが続けば、二年以内に王国の農業生産は三割減少すると予測されます」
「三割だと?」
一人の貴族が、声を上げた。
「そんな馬鹿な。どこからその数字が——」
「王国統計局の記録と、過去の魔物被害との相関分析です。詳細なデータは、後ほどお渡しします」
クロートは、冷静に答えた。
「農業生産が三割減れば、食料価格は高騰します。飢饉が発生する可能性もある。——これは、全員にとっての問題です」
議場が、ざわめいた。
◆
第二部:解決策の提示。
「この危機に対処するため、私たちは『勇者プロジェクト』を提案します」
クロートは、アルトの肖像画を掲げた。
「神託により選ばれた勇者、アルト・ヴェイン。彼は神剣を抜いた唯一の存在であり、魔王を討伐する力を持つと予言されています」
「予言など、当てになるものか」
宰相マルクスが、冷たい声で言った。
「十年前の『偽勇者詐欺』を忘れたのかね。神託だの勇者だの、民衆を騙す常套句に過ぎん」
議場が、静まり返った。
クロートは、マルクスを真っ直ぐに見つめた。
「宰相閣下。おっしゃる通り、十年前の事件は悲劇でした。民衆は騙され、傷つきました」
「だったら——」
「しかし、今回は違います」
クロートの声が、強くなった。
「アルト・ヴェインは、王国神殿において、百名以上の司祭の前で神剣を抜きました。その事実は、複数の証人と記録によって裏付けられています。——これは、偽勇者詐欺とは根本的に異なります」
「証人など、いくらでも買収できる」
「では、宰相閣下ご自身が、アルト・ヴェインに会ってください」
マルクスの眉が、わずかに動いた。
「何?」
「直接会って、話をして、判断してください。彼が偽物なら、私はこのプロジェクトから手を引きます。——しかし、本物なら」
「本物なら、どうする」
「全力で支援していただきたい」
議場が、再びざわめいた。
◆
第三部:感情への訴求。
「最後に、一つだけお話しさせてください」
クロートは、演壇の前に出た。
「アルト・ヴェインは、飢饉で家族を失いました。助けを求めても、誰も来なかった。自分は無力だと、絶望した」
「……」
「それでも、彼は立ち上がりました。『同じ思いを、誰にもさせたくない』——その一念で」
クロートは、貴族たちを見回した。
「皆様。魔王が復活すれば、何が起こりますか。戦争です。破壊です。——そして、飢饉です」
「……」
「皆様の領地も、例外ではありません。魔物が押し寄せれば、農地は荒れ、民は逃げ、税収は激減する。——これは、『遠い話』ではないのです」
クロートの声が、議場に響いた。
「勇者が勝てば、領地は守られる。勇者が負ければ、全てを失う。——どちらを選びますか」
沈黙が、議場を支配した。
◆
プレゼンの後、議場は紛糾した。
賛成派と反対派が激しく議論し、結論は出なかった。
しかし——
「サキアス卿」
議会が終わった後、一人の貴族がクロートに声をかけてきた。
「興味深いプレゼンだった」
「ありがとうございます」
「私の領地は、東部に近い。魔物被害は、他人事ではない」
貴族は、名刺を差し出した。
「連絡してくれ。支援について、検討したい」
クロートは、名刺を受け取った。
その後も、数名の貴族が接触してきた。
全員が賛成派になったわけではない。しかし、「検討したい」という声が増えた。
(風向きが、変わり始めている)
クロートは、帰り道で空を見上げた。
まだ、戦いは始まったばかりだ。
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