第8章 インフルエンサー戦略——吟遊詩人を味方につけろ
『守り手の歌』が完成してから、一週間が経った。
ラシェルは、王都の酒場「銀の竪琴亭」で、五年ぶりの公演を行うことになった。
噂は瞬く間に広がった。「銀声のラシェルが歌う」——それだけで、酒場には立ち見が出るほどの客が押し寄せた。
クロートは、酒場の隅のテーブルで、緊張しながらその瞬間を待っていた。
(ここが、最初の勝負だ)
ラシェルの影響力は本物だ。彼女が歌えば、街中に広まる。逆に、ここで失敗すれば——
考えるのをやめた。
今は、ラシェルを信じるしかない。
◆
酒場の照明が落ち、ステージに一筋の光が差した。
そこに、ラシェルが立っていた。
銀色の長髪を編み上げ、シンプルな白いドレスを纏っている。手にはリュートを抱え、その姿は——神々しいほどに美しかった。
酒場が、静まり返った。
誰もが、彼女を見つめている。
ラシェルは、ゆっくりとリュートの弦に指を置いた。
そして——
歌い始めた。
◆
その声は、透き通るように澄んでいた。
銀の鈴——という異名の意味が、一瞬でわかった。
高すぎず、低すぎず。力強くもあり、繊細でもある。聴く者の心に、真っ直ぐに染み込んでいく声。
遠き村の 泣く子がいた 飢えに家族 みな消えた 誰も来ない 誰も見ない 膝を折って 天を仰ぐ
歌詞が、メロディに乗って流れていく。
クロートは、酒場の客たちの反応を観察した。
最初は、静かに聴いている。しかし、歌が進むにつれて——
表情が、変わっていく。
されど彼は 立ち上がった 神の剣に 手を伸ばす 「守りたい」と 願いを込め 光の刃 その手に宿る
ある老人が、目頭を押さえた。
若い女性が、隣の友人の手を握りしめた。
男たちが、食い入るようにラシェルを見つめた。
守りたい だから戦う 絶望知る者 希望を運ぶ アルトの名 忘れるな 彼は我らの 守り手
歌が、終わった。
しばらく、沈黙があった。
そして——
割れんばかりの拍手が、酒場を満たした。
「ラシェル!」
「素晴らしい!」
「五年ぶりの歌——待ってたんだ!」
客たちが口々に叫ぶ。
ラシェルは、深くお辞儀をした。その目には、涙が光っていた。
◆
公演の後、クロートはラシェルのもとを訪ねた。
「素晴らしかった」
「……ありがとう」
ラシェルは、疲れたようにソファに座り込んだ。
「久しぶりに歌って——怖かった。でも——」
「でも?」
「歌い終わった時、みんなが泣いてた。笑ってた。——私の歌が、人の心を動かしてた」
ラシェルは、自分の手を見つめた。
「五年間、歌うのが怖かった。また人を傷つけるんじゃないかって。でも——」
「でも?」
「今日、わかった。怖いのは、歌うことじゃない。嘘を歌うこと。真実を歌うなら——怖くない」
クロートは、静かに頷いた。
「あなたは、真実を歌った。アルトの物語は、事実だ。だから、人の心に届いた」
「……うん」
ラシェルは、小さく微笑んだ。
「ねえ、宣伝局長さん」
「何ですか」
「私、もう少し——歌ってみたい」
クロートの心が、高鳴った。
「本当ですか」
「あなたの歌詞、悪くなかった。もっと書いて。私が歌うから」
「——ありがとうございます」
クロートは、深く頭を下げた。
「必ず、良い歌詞を書きます」
ラシェルは、少し照れくさそうに目を逸らした。
「……変な人」
「三回目ですね」
「うるさい」
◆
その夜から、「守り手の歌」は王都中に広がり始めた。
酒場で、市場で、街角で。人々が歌い、口ずさみ、語り合った。
「アルト」という名前が、少しずつ——しかし確実に——民衆の間に浸透していった。
クロートは、オフィスで報告書を書きながら、窓の外を見た。
街のどこかで、誰かが「守り手の歌」を歌っている。
(第一歩だ)
まだ始まったばかり。やるべきことは山ほどある。
しかし——
「悪くない滑り出しだ」
クロートの口元に、笑みが浮かんだ。
勇者プロモーションは、今、確実に動き始めていた。
第三部 ステークホルダー調整
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます