第6章 コピーライティング——言葉は剣より強し



 ブリーフィングから三日後。


 クロートは、宣伝局のオフィスで、羊皮紙の山と格闘していた。


 机の上には、書きかけの原稿が何十枚も散乱している。すべて、「勇者の物語」を吟遊詩人向けに脚本化したものだ。


「いや、違う……これじゃない」


 書いては消し、書いては消しを繰り返す。


 前世では、コピーライティングは専門のコピーライターに任せていた。クロートはAEとして、全体の方向性を決め、上がってきた案をジャッジする側だった。


 しかし、この世界には専門家がいない。自分で書くしかない。


(問題は、この世界の「文法」がわからないことだ)


 前世の広告コピーは、短く、キャッチーで、視覚的なインパクトを重視する。しかし、この世界のメディアは「口頭伝達」が中心だ。吟遊詩人が歌い、語り、伝える。


 耳で聞いて、心に残る言葉。


 それはどんなものか。


 クロートは、この三日間、街中の酒場を回り、吟遊詩人たちの「語り」を聞いてきた。英雄譚、恋物語、歴史叙事詩——様々なジャンルの物語が、酒場で語られていた。


 そこから見えてきたのは——


「リズムと、反復。それから、具体的なイメージ」


 この世界の物語は、韻を踏み、同じフレーズを繰り返し、聴衆が想像しやすい具体的な情景を描く。抽象的な言葉より、「剣が血に染まった」「月が雲に隠れた」といった視覚的な描写が好まれる。


(なら、それに合わせて書き直すか)


 クロートは、ペンを


"以下を参考に執筆を開始して。 著作権に配慮すること。 小説の本文以外は出力しなくてよい。 現実の企業名、人名などは出さないこと 計算論的ナラティブ・インテリジェンスによる長編小説生成:10万文字の壁を超えるための構造工学的アプローチとプロンプト設計1. 序論:AI共創による長編小説執筆の現状と課題1.1 背景:大規模言語モデルにおける長編生成の「コンテキストの壁」現代の人工知能、特に大規模言語モデル(LLM)を用いた創作活動は、急速な進化を遂げている。しかし、ユーザーが要求する「10万文字(文庫本1冊分に相当)の長編小説」の生成は、依然として現代AI技術におけるグランドチャレンジ(未解決の重


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11:34


取った。


     ◆


『守護者の歌——第一稿』


 遠き村に 生まれし青年  飢えに家族を 失いて泣く  誰も来ない 誰も助けぬ  絶望の淵で 膝を折りたり


 されど青年 立ち上がりぬ  神殿の奥 神剣の前に  「守りたい」と 願いを込めて  抜けぬ剣が その手に輝く


 守りたいものがある だから戦う  絶望を知る者 希望を運ぶ  彼の名はアルト 我らの守護者  共に立とう 夜明けの彼方へ


     ◆


 書き終えて、クロートは読み返した。


「……悪くない、か?」


 しかし、確信が持てない。


 この世界の聴衆に、これが響くかどうか。


(テストしてみるしかない)


 クロートは原稿を持って、オフィスを出た。


     ◆


 午後。


 クロートは、王都の繁華街にある「銀の竪琴亭」を訪れた。


 ここは、吟遊詩人たちが集まる酒場として知られている。昼間から詩人たちが練習をしたり、情報交換をしたりしている。


 カウンターに座り、麦酒を注文する。


「すまない。誰か、試しにこれを歌ってくれる詩人はいないか」


 バーテンダーに原稿を見せると、彼は怪訝な顔をした。


「何だいこれ、新作かい?」


「ああ。新しい英雄譚だ。評価を聞きたい」


「ふうん。——おい、マルコ! 客がお前の意見を聞きたいってよ!」


 カウンターの奥から、若い男が顔を出した。二十代前半、ボサボサの茶髪に、くたびれた服。手にはリュートを抱えている。


「何だって?」


「この兄ちゃんが、新作の評価を聞きたいってさ」


 マルコと呼ばれた若者は、興味深そうにクロートを見た。


「へえ。あんた、詩人なのかい?」


「いや。俺は——その、宣伝屋みたいなものだ」


「宣伝屋?」


「物語を広める仕事をしている。この歌を、街で広めたいんだ」


 マルコは原稿を受け取り、目を通した。


 しばらくして——


「悪くない」


「本当か」


「うん。構成はしっかりしてる。起承転結がある。サビもキャッチーだ」


 クロートの胸に、かすかな希望が灯った。


「でも——」


「でも?」


「これ、誰が歌うんだ?」


 クロートは、首を傾げた。


「誰でもいい。吟遊詩人なら——」


「そこが問題なんだよ」


 マルコは、原稿を机に置いた。


「この歌、技術的には問題ない。でも——魂がない」


「魂?」


「歌ってのはさ、技術だけじゃ響かないんだ。歌う奴が、その歌を信じてないと。聴衆は、そういうの、すぐわかる」


 マルコは、自分の胸を叩いた。


「俺がこれを歌っても、多分響かない。俺は、この『アルト』って勇者を知らないから。信じてないから」


「……」


「逆に言えば、この勇者を心から信じてる詩人が歌えば、これは化けるかもしれない」


 クロートは、黙って考え込んだ。


(なるほど。歌を書いただけじゃダメなのか。歌い手の「魂」がいる)


 前世の広告でも、同じことがあった。どんなに素晴らしいCMを作っても、出演するタレントが商品を信じていなければ、視聴者には伝わらない。


「マルコ。お前、この街で有名な吟遊詩人を知っているか?」


「有名? そりゃ、たくさんいるけど——」


「影響力がある奴だ。その人が歌えば、街中に広まるような」


 マルコは、少し考えた。


「……一人、思い当たる奴がいる」


「誰だ」


「『銀声のラシェル』」


「銀声の?」


「この街で一番有名な吟遊詩人だよ。彼女が歌えば、どんな曲でも大ヒットする。——ただし」


「ただし?」


「彼女、もう五年も新曲を歌ってない」


「なぜだ」


 マルコは、肩をすくめた。


「さあね。噂じゃ、何かあったらしいけど。詳しくは知らない」


 クロートは、礼を言って酒場を出た。


     ◆


 その夜。


 クロートは、エリザベート王女のもとを訪れた。


「サキアス卿。何か進展がありましたか」


「一つ、お聞きしたいことがあります」


「何でしょう」


「『銀声のラシェル』という吟遊詩人をご存知ですか」


 エリザベートの表情が、わずかに曇った。


「……知っています」


「彼女について、教えていただけますか」


 王女は、窓際に歩み寄り、夜空を見上げた。


「ラシェル・アルテミシアは、かつてこの国で最も愛された吟遊詩人でした。彼女の歌声は『銀の鈴』と称えられ、王城の宴でも歌ったことがあります」


「今は?」


「五年前に、表舞台から姿を消しました」


「何があったのですか」


 エリザベートは、しばらく黙っていた。


 やがて、静かに話し始めた。


「五年前——『偽勇者詐欺』事件があった年です」


「……」


「ラシェルは、その偽勇者の『歌い手』でした。彼の英雄譚を歌い、民衆に広めた。彼女は、偽勇者を本物だと信じていたのです」


 クロートの背筋が、冷たくなった。


「詐欺が発覚した後、ラシェルは民衆から激しく非難されました。『嘘つき』『詐欺師の仲間』と。彼女は、自分の歌が民衆を騙す道具になってしまったことに、深く傷つきました」


「それで、歌うのをやめた」


「はい。今は、王都の片隅でひっそりと暮らしているそうです」


 クロートは、腕を組んで考え込んだ。


(五年前の事件の当事者。しかも、被害者側でもある。彼女を動かすのは——簡単じゃない)


 しかし、彼女の影響力は本物だ。もし彼女が「勇者の歌」を歌ってくれれば、街中に広まる可能性が高い。


「王女殿下。彼女に会いたいのですが」


「会ってどうするのですか」


「説得します」


「説得? 彼女は、もう歌わないと決めている人です。サキアス卿が何を言っても——」


「わかっています」


 クロートは、静かに言った。


「でも、試してみなければわからない」


 エリザベートは、クロートを見つめた。その目には、複雑な感情が浮かんでいる。


「……わかりました。彼女の住所をお教えします。ただ、無理強いはしないでください。彼女は——十分に傷ついています」


「約束します」


     ◆


 翌日、クロートはラシェルの家を訪ねた。


 王都の端、古びた長屋の一室。かつて「銀声」と称えられた吟遊詩人の住処としては、あまりにも質素だった。


 扉を叩く。


「誰?」


 中から、女性の声がした。


「失礼します。クロート・サキアスと申します。少しお話を——」


 扉が、わずかに開いた。


 隙間から覗いたのは、三十代前半の女性だった。かつては美しかったであろう顔は、やつれ、疲弊していた。銀色の長髪は乱れ、目には生気がない。


「何の用?」


「あなたに、歌を歌っていただきたいのです」


 瞬間、女性の目が鋭くなった。


「帰って」


「お願いです。話だけでも——」


「帰ってと言った」


 扉が閉まりかける。


 クロートは、咄嗟に足を挟んだ。


「俺は、あなたを騙すつもりはありません」


「……」


「五年前の事件のこと、聞きました。あなたが傷ついたことも」


 ラシェルの目に、警戒と怒りが宿った。


「何を知ってるっていうの。私は——嘘を歌った。民衆を騙した。許されないことをした」


「あなたは、騙されたんです」


「だから何? 結果は同じよ。私の歌が、人を傷つけた」


「今度は違います」


 クロートは、真っ直ぐにラシェルを見つめた。


「今度の勇者は、本物です。嘘じゃない。俺が保証する」


 ラシェルは、冷たく笑った。


「あなたが保証? 面識もない人の保証なんて、信じられるわけがないでしょう」


「なら、自分の目で確かめてください」


「……何?」


「勇者アルト・ヴェインに会ってください。話を聞いてください。それでも信じられなければ、俺は二度とあなたの前に現れません」


 ラシェルは、黙ってクロートを見つめた。


 長い沈黙があった。


 やがて、彼女は小さく溜息をついた。


「……一度だけよ」


「ありがとうございます」


「感謝はいらない。どうせ、信じられないと思うから」


 ラシェルの声には、諦めが滲んでいた。


 しかし、クロートは——


(これは、チャンスだ)


 そう、確信していた。




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